修士論文を執筆する上で質的調査を行った。研究手法についてもそれなりに学んだし、内容についても真摯に取り組んだつもりである。しかし、質的調査の目的とは何か、という原点に立ち返って考えたことはなく、また学んだこともなかった。
本書では、そうした「そもそも論」から議論を進め、丁寧に質的調査の目的と方法について述べられている。筆者らが質的調査の内幕を詳らかに伝えてくれる稀有な存在だ。質的調査を行った身としては、実感を持ちながら読み進めることができる。
質的調査の目標を「他者の合理性の理解を通じて、私たちが互いに隣人になることである」(34頁)と定義している箇所を読んでハッとさせられた。ここには、新しい知見を得ることや研究を前に進めるということではなく、徹底して他者や関係性に焦点が当てられているのである。
もちろん、新しい知見を得ることや、既存研究との位置付けを関連付けることも重要であるし、他の箇所で述べられている。しかし、他者理解をより豊かにすることによって世界の捉え直しを行い、多様な他者との関係性をより緊密にすることに繋がるのである。
人びとがその生活史においてどの道を選択して、それをどのように語るか、ということを丹念に拾い上げることによって、無理解が生む「自己責任論」を解体することが、社会学の遠い目標のひとつである、と考えることができます。(236頁)
私たちはマイノリティが起こすトラブルを自己責任として糾弾し、イレギュラーな非合理的なものとして捉えてしまいがちである。そうすることが、マジョリティにとって楽だからである。しかし、本当にそれでいいのか。そのような行動をとる合理性を理解することで、他者をモノではなく人として捉え、大事な存在と見直すことができるのではないか。