2018年11月17日土曜日

【第903回】『バリアバリュー』(垣内俊哉、新潮社、2016年)


 著者は、平成生まれの、先天的な障がいを持つ、創業社長である。事実を淡々と記すだけでこれほど目立つ形容になるということは、著者本人が好むと好まざると、周囲の注目を常に受けて生きていることは、想像に難くない。

 それを好機と捉えればもちろん良いのであろうが、それほど人間というものはよくできたものではないものであろう。注目されるということは、言われのないバッシングを受けることと表裏一体である。

 こうした環境にも関わらず、三十路にも至らない著者の、いい意味で老成した生き様が本書では描かれている。理念を狂信的に唱えるのでもなく、先天的な障がいを持つ運命を呪うでもなく、飾らない自然体のあり方が随所に現れている。

 たとえば、自分自身の障がいを形容した冒頭の文章を読んでほしい。

 私は、骨が弱くて折れやすいという魔法にかけられて生きてきました。(2頁)

 この文を最初に読み、安心感をおぼえた。肩に力が入るのではなく、スポ根のような根性物語でもなく、自然体としてのリーダーである。その行動原理として、いかに障がいと向き合い、活用するかについて、著者の葛藤を消化した考え方が端的に述べられている。

 障害を無理に克服しようと思うだけではなく、そこに「価値」や「強み」が隠れていると信じて、向き合ってみてはいかがでしょうか。(4頁)

 五木寛之さんの『他力』にもあるように、仏教では、「諦める」の元々の意味を「明らかに究める」として肯定的に捉える。この著者の言葉にも、仏教の「諦める」のような人生に新たな価値を見出そうとするような強い意志を感じる。実際、諦めるという言葉を積極的に見出そうとする文章が後で現れる。

 長年の夢を諦めるというのに、さほど挫折感はありませんでした。自分でも不思議でしたが、リハビリを最後の最後までやり切ったという想いがあったからではないかと思います。(54頁)

 海老原嗣生さんがクランボルツのキャリア論を解説する『クランボルツに学ぶ夢のあきらめ方』で提唱する「夢の代謝」を彷彿とさせる。海老原さんの言葉を借りれば、好奇心→冒険→楽観→持続→柔軟のステップのうち、特に納得するまで持続し続けて、結果を踏まえて柔軟に対応するということが著者の明らかな究めなのではないか。

【第605回】『人生の折り返し地点で、僕は少しだけ世界を変えたいと思った。』(水野達男、英治出版、2016年)
【第19回】『ザッポス伝説』(トニー・シェイ著、ダイヤモンド社、2010年)

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