人事は現場から「ひとごと」と揶揄されている。人事パーソンが襟を正しながら読まざるを得なくなるような書き出しから本書は始まる。その理由について、ウルリッチの人事の四機能に基づきながら、日本企業の人事機能がそれぞれを果たしきれていないという現実を見せつけられると納得だろう。
こうした人事の機能不全の処方箋として、著者は、人材管理機能と人財価値創造機能の二つを分けて考えるべきであると主張する。そのためには、人事とは社会環境や企業経営との関連が強いため、人事の役割と機能の変化を捉まえる必要がある。その潮流を把握するために、労務・人事、人的資源、人的資産、という三つの流れそれぞれについて、管理、開発という二つの段階で掛け合わせた六つに分けて解説されている。
第一の労務・人事管理の時代は、戦後復興期に該当する1950年代から1960年代前半である。生産体制をほぼゼロから立て直すために、直近に求められる現場スキルの獲得と発揮を各企業は主目的に置いた。その手段として米国流の生産手法を積極的に習得することを奨励したため、ジョブに対して価値を置く職務中心主義での人事運用がなされた。
第二の人材開発の時代は、1960年代後半から1970年代前半の高度経済成長期における人事の流れである。経済成長の著しい時期には、人材の採用と定着がキーファクターとなる。そのため、長期雇用を前提とした右肩上がりの賃金体系や社員の家族を含めた福利厚生のアレンジとともに、職務遂行能力の長期的な向上を目指す職能中心主義が人事上のパラダイムとなった。
第三の人的資源管理では、人材開発の時代における正社員をあまねく底上げするスタイルから選別されたハイポテンシャル人材の集中活用へとシフトした。これは、1970年代半ばから1980年代半ばという第一次オイルショック後の景気変動へ対応するために各企業の行う戦略変更を担える人材を選抜・処遇するためのパラダイム転換であった。
第四の人的資源開発では、安定的な企業成長を目指すために、人的資源管理において選抜・処遇された特定のハイポテンシャル人材をリテインしながら開発することに重点が置かれた。1980年代半ばから1990年頃といういわゆるバブル景気に湧く市場環境において、職務遂行能力を精緻化するという文脈化でコンピタンシーが活用され始めた。
第五の人的資産管理の時代は、従来における組織を基軸に置いた視点から個を基軸に置いた視点への変容が特徴である。正社員個人を資産として見做し、人的資産を管理する期間、すなわち「一人前」になることを要求されるスパンが短縮された。そのために、教育・研修といった個人の資産管理への投資はコストパフォーマンスという視点を伴うこととなった。成果主義が短期的な結果主義となったのは、こうした人事上のパラダイムの結果であり、その背景としての長引く不況の結果であると言える。
人的資産管理はバブル崩壊後から続き、2000年代半ばに第六の人的資産開発というフェーズへと移行する動きが見えかけたが、リーマンショックへの対応によって阻まれた。しかし、昨年あたりから人的資産開発への移行がようやく見られつつあると著者は指摘する。その特徴、すなわち今後の人事において予想されるパラダイムについて見ていこう。
人的資源開発における最大の特徴は、企業が人を育てるという発想から抜け出し、人が育つという発想を持つことにあるという。人的資源管理の時代では、「ジョブの特定➡ジョブレベルの基準化➡個人のスキルレベルの把握➡ジョブマッチング➡タレントマネジメント➡スキルマッピングというプロセスで、従業員のポスト管理や能力開発」(70頁)を行うことで企業が人材を育ててきた。しかし、環境変化が激しく、企業がそれに対応してビジネス戦略を変更させる質と量が増大した現代においては、そうした人事のスタティックな対応は機能しなくなった。これは、現場での特定の職務遂行能力を高めるという意味でのOJTの機能不全と同根である。
では人が育つ企業となるために、人事上の施策はどのようにあるべきか。著者は、短期的な対応と中長期的な対応とに分類して解説を試みている。
まず短期的な対応について。ここでの短期的とは日常業務における人材の開発を意味する。従来の企業主導のOJTに対して、個の主体的な開発を支援するOJD(On the Job Development)を著者は主張する。OJDでは、「個の主体性をベース」にしながら、各個人が持つ「必ずしも当該業務に直接関連しない能力」をも含めた「多様な能力」や「可能性を発揮して、業務に工夫や改善をもたらす一連の活動」を支援することが求められる(78-79頁)。日常業務における自発的な一歩の踏み出しの連続によって、結果的に人が育つというしくみである。
こうした個のジョブストレッチングを促すためには、同僚や上司とのこまかな情報共有や周囲からのコーチングや支援の引き出しが必要である。それとともに個人のキャリア自律が前提となる。これが中長期的な人事上の対応であり、キャリア目標を単年度および日常業務へと落とし込むかたちでOJDへと連動させるのである。しかし、同時に大事な点として、こうした演繹的なアプローチを静的にマッチングさせるのではなく、動的にアラインメントさせる視点を持つことである。すなわち、キャリアゴールを墨守するのではなく、状況変化に対して、価値観をもとにしながら柔軟に対応することである。「外的・内的の区別にとらわれず、キャリア全体を通じての成長機会や成長実感、多様なチャンスの拡大を目指したダイナミックプロセスこそが重要」(91頁)という著者の指摘に耳を傾けるべきであろう。
本書では、上記のような著者のポイント整理を受けて、各企業での取り組み事例が紹介されている。自社のビジネス戦略や人事対応という文脈に引き合わせて、著者のポイントとともに読み比べると、事例を活用する縁となるだろう。
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