2013年8月4日日曜日

【第185回】『働くみんなのモティベーション論』(金井壽宏、NTT出版、2006年)

 よい理論とは実践的なものである。

 著者が本書でも折に触れて引用するKurt Lewinが述べたと言われる重たい言葉を体現するかのように、理論を引用しながら実践的な示唆に富んだ良書である。タイトルにもあるように、「働く」上で多くの「みんな」が時に直面する「モティベーション」の課題について気づきを得られることができるだろう。読み手によって多様な学びを得られるばかりではなく、同じ読者であっても、職務上の状況やキャリア上の課題に応じて、読む時によって多様な気づきを得られるのではないか。

 働く上でのモティベーションについて、著者はその源泉を、緊張系、希望系、持論系という三つに大別して述べている。

 緊張系とは、自身へのプレッシャーを糧にしてモティベートされるものである。ズレ、未達成感、ハングリー精神、危機感、などといったものから生じる、「自分はまだまだだ」といういい意味での緊張から生じるモティベーションと言えるだろう。

 希望系とは、目指す方向に向いたいという気持ちから生じるモティベーションである。夢、希望、目標、使命、ロマン、なりたい姿、楽しみ、あこがれ、達成感、自己実現、成長感、やりがい、といったものが挙げられる。自身の内側から内発的に生じるものばかりではなく、外発的に誘因されるものでもあることに留意する必要があるだろう。

 持論系とは、自身がモティベートされるポイントを自覚しており、意識的に自身のモティベーションを高める自己調整の能力である。したがって、緊張系や希望系と必ずしも切り離して捉えるべき概念ではなく、それらを包括的するメタな理論である。フォーマルな理論を自身の文脈に咀嚼して、再現可能な状態にできるという意味合いで考えれば、持論と呼べるだろう。

 持論系がメタな理論であることの意味合いは、緊張系と希望系とを統合するサイクルとして著者が例示している箇所(79頁)が参考になるだろう。何らかの違和を感知すると緊張が生じて不快に思い、その緊張を回避しようとする一方で、困難の行き先に希望を見出してそこに接近したいという前向きな気持ちも生じる。希望が叶えられると、満足して一段落する一方で、新たな視点から見られるより大きな希望を抱いて新たな目標から鑑みた現状とのギャップから緊張感が生まれることもある。このように緊張系と希望系とをサイクル構造として捉え、自身がどの状況にいるかを認識し、その状況下でどのように自身をモティベートできるかを認識し実行できるのが自己調整である。

 モティベーション理論の最先端が自己調整に行き着いた(16頁)という著者の指摘は興味深いことであるとともに、私たちにとって救いであるとも言える。というのも、私たちはベンチャー企業の経営者やアスリートといったプロフェッショナルは常にモティベーションが高い人たちであり、自分たちとはかけ離れた存在と思いがちだ。しかし、モティベーションが常に高いということはなく、モティベーションが低い状況であっても、その状況を認識し個人の持論で高めているのにすぎないのである。モティベーションの高低が先天的なものだと言われると「普通の人」である私たちは絶望するしかないが、持論によって自己調整できるのであれば後天的に対応可能だ。徒に読者を鼓舞したり安心を与えるのではなく、理論をもとにしながら自分自身で考えることによって健全な気づきを与える救いの書であると言えるかもしれない。

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