2013年10月12日土曜日

【第209回】労働政策研究・研修機構「特集 人材育成とキャリア開発」『日本労働研究雑誌』Oct. 2013 No. 639

 本稿では、本誌に所収されている論文のうち、以下の三つに絞って、人材育成に関わる実務的な見地から考察を加えることとする。

 (1)中原淳「経験学習の理論的系譜と研究動向」
 (2)三輪卓己「技術者の経験学習 ー 経験と学習成果の関連性を中心に」
 (3)松尾睦「育て上手のマネジャーの指導方法 ー 若手社員の問題行動とOJT」

(1)中原淳「経験学習の理論的系譜と研究動向」

 中原論文はレビュー論文であり、経験学習の諸理論が丹念に整理されている。整理の過程で述べられている重要な示唆は以下の二点であろう。

 第一に、各理論を通底するルーツとしてジョン・デューイの学習観が見出されるという指摘が興味深い。とりわけ、デューイが経験と内省を接合させた背景に、「日常生活から切り離された場において、日常経験からは切り離された記号・抽象的概念を注入することが学習である」とする旧来の学習観があったことに留意するべきだろう。つまり、経験学習理論が盛んになる背景には、日常の生活や職務と遊離した文脈や方法における学習に対するアンチテーゼが内包されているのである。

 第二に、デューイの学習観を下敷きにすることによって半ば必然的に導かれる、日常経験をあまりに重視させる現代の経験学習ファッショへ警鐘を鳴らしている点である。中原が述べるように、学習における経験重視と知識重視とは「揺れ続ける振り子」であり、経験至上主義に基づいた人材育成施策は現場任せの無為無策になりかねない。丹念に各理論の主張と理論的射程とを読み解きながら、内省的に実践的応用を果そうとする地道な努力が、スタッフ部門にもライン部門にも求められる。

(2)三輪卓己「技術者の経験学習 ー 経験と学習成果の関連性を中心に」

 三輪論文は、製造業での技術職を対象とした調査結果に基づく実証研究である。以下では、「キャリアの発展段階(職位)によって重要な経験や学習成果がどのように異なるかを明らかにする」(以下「キャリアの発展段階」と略す)「自律的な学習意欲の強さによって、経験学習がどのように異なるかを比較する」(以下「自律的な学習意欲」と略す)という二つのリサーチクエスチョンについて述べる。

 「キャリアの発展段階」に関しては、経験を説明変数に置き、学習成果を結果変数として置いた場合に、メンバーとしての状態と、初めてリーダーにつき始める時期との間に大きなギャップがあることを明らかにしている。これは、三輪も述べる通り、一人前になるためには十年かかるという熟達研究の知見(Dreyfus,1983)が実証的に証明されていて興味深い。リーダーとして、自身に関わる職務の全体像を把握するようなチャレンジングな経験に携わることが、社員の大きな成長を促すことになるということであろう。

 次に「自律的な学習意欲」について考察を行う。三輪は、因子分析を行うことによって「自律的な学習意欲」を「有能欲求」と「知的好奇心」という二つの因子に切り分けて分析を行っている。その結果として、「知的好奇心」は経験からの学習へ影響を与えないのに対して、「有能欲求」の強弱は経験からの学習に影響を与えるとしている。この際に留意が必要なのは、三輪がどのような質問項目をもとに因子を構成したか、である。

 表3(33頁)を見れば分かるように、「知的好奇心」と三輪が名付けているものはインプットに関わるものであるのに対して、「有能欲求」はアウトプットに関わるものである。すなわち、特定の知識や情報をインプットしようとする志向だけでは職務へ適用することによって得られる経験学習のループを回すことには必ずしも繋がらない。そうではなく、アウトプットありきで特定の他者への貢献を目指すことで、結果的に経験学習というインプットおよびスループットというループを回すことができる。このように解釈すれば、より実務へのインプリケーションを図ることができるのではないだろうか。つまり、アウトプット欲求を高めるように、換言すれば、アウトプットをしかけとして用いるように学習経験を組むようにするのである。

(3)松尾睦「育て上手のマネジャーの指導方法 ー 若手社員の問題行動とOJT」

 松尾論文では、OJTのあり方の変容に現場がキャッチアップできていない点が問題提起されている。松尾は、OJTを演繹的OJTと帰納的OJTとに分類したLohman(2001)を基にして、クローズドタスクではなくオープンタスクが多くなった現在の職場においては、帰納的OJTが求められる領域が拡がっているとする。帰納的OJTが求められる領域では、職務分掌に応じて求められる知識・スキルを予め付与するという旧来の演繹的OJTでは充分に機能しないためにコーチングの重要性が指摘されてきた。

 職場の機能不全という社会学的な要因を明らかにしながら、問題行動を起こす若手社員への対応という心理学的なアプローチを取り、「育て上手のマネジャーの指導方法」を導出するのが本論文の主眼である。この分析・考察においては、インタビューデータをもとに因子を抽出する手法をとっている。尚、インタビューデータじたいに、実務に携わる人間にとっては極めて示唆に富んだ箇所が多いため、具体例に一度目を通されることをお勧めしたい。

 具体的なインタビューデータを基にして、「育て上手のマネジャー」の関与のあり方を、成長期待、共同的内省、方法の改善という三つのプロセスに抽象化している。この三つは、成長期待から共同的内省、共同的内省から方法の改善へ、方法の改善が成長期待へと繋がる、というループ構造を持っているという松尾の指摘は整合的である。三つの中でも特に重要なものは成長期待であり、その理由としてピグマリオン効果を挙げている点も納得的である。

 本研究は実証的調査ではなく探索的調査であるため、今後の実証がなされるまで留保が必要な点もあるだろう。しかし、理論的な実証を徒に待つのではなく、実務的な見地から実証していくことが、私たち実務家には求められるだろう。具体的には、たとえば管理職研修や若手社員へのインタビュー施策で用いる余地はあるだあろう。研修やインタビューといった現場における人材育成においては「引き出し」がものをいう。本論文の考察を用いてみて、それが機能しないケースが発生すれば、自身の「引き出し」から他の理論や実践知を使えばよい。こうした実務と理論の相互交渉的アプローチが私たちには求められているのではないだろうか。

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