2013年10月13日日曜日

【第210回】『直感力』(羽生善治、PHP研究所、2012年)

 直感という言葉を著者がタイトルに取り上げると、なにか天才的なひらめきのようなもののように思えるかもしれない。しかし、本書を読み終えると、その印象は百八十度変わる。著者の実践に裏打ちされた暗黙知が詳らかに形式知化されており、プロフェッショナルの言語化能力の高さに驚くばかりである。直感に関して、著者は大別して三つのポイントを述べている。

 第一に、直感を養うことについて、三つの要素の重要性が記されている。

 その感覚を得るためには、まずは地を這うような読みと同時に、その状況を一足飛びに天空から俯瞰して見るような大局観を備えもたなければならない。そうした多面的な視野で臨むうちに、自然と何かが湧き上がってくる瞬間がある。(19頁)

 細かい点の近くに寄って深く読むことと、高い所から大局を俯瞰して眺めること。カメラのピントを合わせるように、遠くと近くとをバランスよく眺めることである。

 現場へ出かけていって、進行形の勝負を肌で感じて考える。こうしたことも直感を培うためのひとつの方法である。 最近はそうした現場感覚を意識して、タイトル戦が行われている会場へ出かけ、控室で研究する棋士が増えている。その場に身を置き、対局者と同じ時間を共有しながら、自分の頭で考えることをする。リアルタイムで進行を体感しながら、伝えられてくる対局者の指し手について「どうしてここでこの手を指したのだろう」と、考える。 後日掲載された棋譜だけを見て、結果から理論づけるのではない。次の展開が見えない状態で、対局の当事者ではない自分も局面の予想を立てていくのだ。 こうした経験を積むことでも直感を導き出す力は鍛えられる。(23頁)

 現場で経験を積むことの重要性がここでは述べられている。リアルタイムで、現場における変化を経験し、そこで考えること。こうしたことが直感というたぶんに感覚的なものを養うことに繋がるのである。

 直感を磨くということは、日々の生活のうちにさまざまのことを経験しながら、多様な価値観をもち、幅広い選択を現実的に可能にすることではないかと考えている。(35頁)

 一つのことに没頭するだけではなく、多様な価値観を持つことが同時に重要なのである。将棋だけを突き詰めるのではなく、他の分野のプロフェッショナルとの対話にも積極的に取り組む著者の姿勢をそのまま表していると言えるだろう。

 ではこうした直感を磨く領域をどのように見つけるのか。直感を習得する対象についてが、これから述べる二つめのポイントである。

 追いかけ続けてあるときふと、自分はこれが好きなんだと気づくのが、一番自然なことなのではないかと思っている。そして何よりも「コツが分からないこと」を、難しいからと投げ出してしまうのではなく、「なぜなのか」と探求していく気持ちが大切なのではないか。(中略)何が自分に有益となるのかなどに囚われた心を排し、新たな試みを行っていく必要があるのではないだろうか。(70頁)

 直感を養う対象を見つけるためには、とにかく何かを続けることが大事であると著者は説く。その際に、シンプルで表層的なもので対応できるものではなく、尽きずに探求できる深みのあるものが良いとしている。自身にとっての有益性や経済合理性といった表面的な動機ではなく、新たな試みを続けていきたいと自然に思える領域を探すこと。いつ終わるとも分からないプロセスを、継続することが大事なのである。

 何かを学び習得していく、上達してうまくなっていくというのは、その集中する時間を少しずつ延ばしていくプロセスなのではないかと思う。(中略) どんな物事でもいいのだが、何かに集中して一生懸命になって集中する時間を延ばしていく訓練をしておくことが必要なのではないだろうか。その訓練が根気をつけていくことにつながり、他に何か違うことを学んだり覚えたりといったときの基礎体力になるのではないかと思っている。(49~50頁)

 選んだ対象をどのように上達させていくか。当たり前のことではあるが、最初から集中して長い時間取り組むことは難しい。集中できる時間を、意識的に少しずつ延ばしていくこと。これが上達するために必要なステップである。こうして一つのことを深掘りしていく上達のプロセスを踏めるようになると、他のものを上達させる上で共通する重要な基盤となることにも着目するべきだろう。

 第三に、直感を磨きながら、情報をいかに受発信するかについて述べていく。

 本を通じてたとえ他人から見たら意味のなさそうなことでも、自分なりに解釈してみることが、想像力や創造力を生み出す源泉になるのではないだろうか。(78頁)

 情報のインプットの重要性として、単になにかを覚え込むのではなく、自分の文脈に引き合わせながら解釈を試みることを著者は指摘している。つまり、ここでは受動的な読書ではなく、いわば能動的な読書をすることが、直感を磨き上げることに繋がる。

 アウトプットは、単なる出力ではない。記憶するための手段でもない。人は必ず、アウトプットしながら考え、それを自分にフィードバックしながら、インプットされた知識や情報を自分の力として蓄積していくようにできているのではないかと考えている。(117頁)

 インプットの重要性の対の概念としてアウトプットの重要性が挙げられている。能動的な読書や情報収集をかたちにすること。このフィードバック・プロセスを回すことによって、知識や情報を自分の対象領域や文脈に即して直感的に活用できるようになる。


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