久々に読み返すと、今の自分にフィットしていてとても勉強になる書籍というものが時にある。本書はまさにそうした一冊であった。一度読んでいる筈なのに、初読のような新鮮さがあり、線を引いていない箇所に唸ることが何度もあった。こうした再発見は、読書の醍醐味の一つであろう。ここでは、とりわけ参考になった四点を取りあげたい。
第一に、制度設計の要諦について。
企業が従業員を”経済学的”に扱う場合、従業員はたとえ、もともとそういう志向をもっていなくても、利己的に行動するようになり、逆に企業が、従業員を信頼して、彼らの善意を信じる仕組みをつくると、こうした利己的な行動の発生が抑制されるという結果が示されている。(42~43頁)
”経済学的”に扱うということは、端的に言えば、性悪説に基づいた人事制度の体系を構築するということである。たとえば、コンプライアンスのしくみなどがその典型的な一例であろう。社員が不祥事を起こすという前提に基づいたコンプライアンスの取り組みを企業が行なえば、社員は実際に個人の利害に基づいた行動を取ることを促進してしまう。この研究の知見が示唆する点は重たい。
第二に、人事制度の一貫性について。
従業員としては平等原則にせよ、衡平原則にせよ、一貫性のある人事施策を望んでいることなのだろうか。(107頁)
労働政策研究・研修機構が2005年に行なった調査をもとに、著者は、評価・処遇の分配施策と、育成機会の分配施策とのマッチングが、従業員の納得感にどのように影響するかを検討する。その結果、納得感が高かった「全体を対象とした育成重視&成果に応じた格差重視せず」と「一部を選抜した育成重視&成果に応じた格差重視」を踏まえ、上に引用したように結論づけている。社員が求めているのは一貫性のある人事施策である、という点を、私たち人事は重く受け止めるべきであろう。ベンチマークと称して流行の施策をパッチワークするのでは、現場の社員の納得感を引き下げてしまうのである。
第三に、ワークライフバランスについて。
重要なのは、ワークライフバランスとは結果であって、原因ではないことだ。つまり、働く人が個人の私生活を重視し、ワークライフバランスを求めるようになると、働き方が効率化するのではなく、働き方が効率化され、長時間働かなくてもよくなることで、結果としてワークライフバランスにつながるのである。(138頁)
本書は2010年に上梓されているが、著者の警句に反して、ワークライフバランスを目的視した施策は、増え続けているようだ。著者が指摘するように、ワークライフバランスは結果変数であるべきであり、働き方の変容や業務効率化が説明変数であるべきであろう。働き方を個々の制約社員や非制約社員の状況に合わせて変えられるインフラを設け、個々人の働き方が変わり、組織としての業務効率化を進める。そうした先にワークライフバランスが実現できる。このように仕事の変容や個々人のキャリア開発を視野に入れる場合、ワークライフ「バランス」ではなく、ワークライフ「インテグレーション」という言葉遣いの方が適切かもしれない。
第四に、目標管理について。
私は職務という概念がないところに目標管理を導入したことが、現場管理職の負担を過度に高めていると考えている。なぜならば、職務の背後には、当然職務ごとの「期待される成果」があり、目標設定においては、これがベンチマークとして使われるので、比喩的にいえば、まったく真空から目標を設定する必要はないのである。職務が明確なら、ある程度の基準を巡って目標を設定することができるのである。また、評価にあたっても、当然職務ごとの期待値が一定の基準となる。(153頁)
目標管理制度じたいは1990年代後半の時点と比較すると、導入が進んできた制度であると言えるだろう。しかし、その定着は現場ではなかなか為されていない。その一つの原因として、職務という概念に対して日本人の多くが本質的に理解できていない、という指摘はその通りであろう。まず、職務分掌を現場の社員が理解できるレベルで明確にすること、それに基づいて管理職が部下とコミュニケーションをできるようにすること。この二点が肝要であろう。
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