2015年2月15日日曜日

【第414回】『正社員消滅時代の人事改革』(今野浩一郎、日本経済新聞出版社、2012年)

 著者はまず、組織の変容とそれに伴う働き方の変容をもとに、人事を取り巻く環境変化を以下のように描き出す。

 組織の面では期待役割が「任せるから」の方向で、業績管理の面では期待成果が「プロセスより結果を重視する」の方向で変化していくことになると、社員は「任せるから責任をとりなさい」という働き方を求められるようになる。この働き方は「顧客から仕事を受注し、自らの責任で生産し、その結果については自ら責任をとる」という自営業主に似た形態であるので、そこで求められる社員の働き方を組織内自営業主型の働き方と呼ぶことにする。(45~46頁)

 社内であれ社外であれ、顧客という存在を意識して、顧客から受注した仕事を遂行し、顧客価値の向上に貢献する。こうした働き方を著者は「組織内自営業主型」と呼んでいる。事業会社のHR部門に勤める身としても、これは現在の日本企業における働き方を端的に表したものであると納得できる。では、組織における「自営業主」としてどのような人材が求められるのであろうか。

 市場環境が良好で安定的な成長が見込まれるときには、同じ目標に向かって社員を機動的に動員することが重要になるので、最適点は「単一化」の方向に移動するだろう。しかし、競争が激化し市場の不確実性が高まると、企業は増大する経営リスクに対応するために、つまり、雇用と労働コストの柔軟性を高めるためにコア社員とそれ以外の社員を明確に分ける等の施策が必要になるので、最適点は「多元化」の方向に移動するだろう。(88頁)

 日本の高度経済成長期のような安定的成長フェーズにある企業においては、単一化された人材が求められた。それに対して、現状のような変化に富み不確実性の高い市況においては、多様な価値観や強みを持ち多様な働き方をする自営業主の集合体が最適解になる。

 制約には画一的な制約はなく、制約を考慮するということは「多様な制約」を考慮することにつながる。つまり、一定の型をもった制約社員は存在せず、制約社員は「多様な制約社員」にならざるをえないのである。これが制約社員の最も重要な特性であり、「新しい時代」の人事管理はこの多様性に適応できなければならない。(124頁)

 多様な働き方を支援するということは、働く上での制約を持っている社員を考慮することに繋がる。さらに、制約そのものが多様であるのだから、多様な制約を考慮した上でそれぞれに対応することが企業に求められている。では、多様な働き方をする自営業主に対して、企業はどのような人事管理を行なうことが求められているのであろうか。著者は二つのポイントを指摘している。

 第一には、会社(職場では上司)は社員(部下)に何の仕事を配分し、何の成果を出してほしいのかを、部下は上司から何の仕事を受け、何の成果を出すのかを明確にする必要がある。(中略)「どのような仕事を担当するのか」が期待役割、「仕事を通してどのような成果をあげることが期待されているのか」が期待成果にあたり、両者を合わせて「業務」と呼ぶと、成果主義化に伴い「業務の明確化」が必要になる。(193頁)

 第二には、仕事配分と人材配置の決定が交渉化の傾向を強めることである。その背景には二つのことがある。伝統型人事管理のもとでは、報酬が能力等の属人的要素で決定されていたため、社員は「何の仕事を受けるのか」「何の成果をあげるのか」という業務内容(つまり仕事配分)、配置される職場(人材配置)にそれほど敏感になる必要がなかったし、会社は仕事配分と人材配置を決定する強力な人事権をもっていた。
 しかし、前述のように成果主義化が進むと、業務内容と配置される職場によって報酬とキャリアが左右されることになる。社員にとって業務と職場の決定にあたって自分の意志を反映させる機会をもつことが、具体的には上司あるいは会社と話し合い、納得したうえで決定を受け入れるというプロセスを踏むことが大切になる。働き方の組織内自営業主化が進めば、社員が顧客(つまり上司・会社)から仕事を受注する(仕事を受ける)にあたって当然必要になることなのである。ここでは、これを仕事配分と人材配置の交渉化と呼んでいる。(194頁)

 業務を明確化すること、その上でどのような業務を担当するかを組織と社員とが交渉すること。このように書かれると、これまでの日本の企業では当たり前のことを行なわずともビジネスが進められたという驚くべき状況であったことが逆説的に分かる。つまり、安定的な成長フェーズにある状況では、求められる人材像は画一的なものであり、それを担う人材は非制約社員がマジョリティであったのである。こうした状況ではなくなった現代においては、アングロサクソン系の企業が以前から当然のように行なってきた当たり前のことを、当たり前に行なえることが求められる。


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