人によって好き嫌いが分かれる存在に、どうも私は惹かれる傾向がある。中田英寿さんに興味を抱くのもその一つの顕著な例であろう。本書は、彼がベルマーレ平塚時代から取材してきた著者が、中田氏の成長と共にインタビューを積み重ねていく力作である。プロフェッショナルなサッカープレイヤーとしてキャリアをすすめていくに連れて、彼の発言内容が研ぎすまされていくようだ。
まずは、ペルージャ時代の彼の発言を見てみよう。
じゃあ、取り柄が何にもないじゃないか、でもそこから始まるんですよ、オレのサッカーって。そこで唯一戦えるものって何なのかとね。そこから組み立てていく。考えること、それしかない。身体能力なんてこれはもう一生かかってもどうにもならないだろうし、技術は習得に時間がかかるからそんな簡単に追いつくものではない。でも、考える力、それだけは今すぐに、それがJリーグだろうが、セリエAだろうがどこだろうが、すぐに実践できるはずです。誰かに頼る必要もない。だからここに来て、まずは考える、これを土台にしていくことを最初に心がけました(79頁)
傍からは才能に満ち溢れたアスリートに見えても、本人の自己評価は全く異なる。ここで注目したいのは、そうした状況を全くもって悲観的に捉えていないという点であろう。淡々と、国内外の他の一流サッカー選手と比較して、自分自身を冷静に捉えている。劣っているから自分自身はダメであるという評価は下さず、その事実を把握しようと努めている。こうした冷徹な目を自分に向けているがために、至らない自分自身を理解しながら、考えることが自分の強みであるという点を見出せているのであろう。
次にペルージャからローマへ、ローマからパルマへと移った時期の発言を取りあげる。
要するに、上を目指していこうと決めたんだったら、立場は自分で変えないといけないし、自分で責任も引き受けることはしていかなくてはならない。いつも同じ状態ではなくて、新しいものを負わないと新しい結果も出ない。(150頁)
環境を変えるとは言わず、立場を変えると言っている点に着目するべきであろう。単純に、自分を取り巻く環境を変えるということだけでは、環境を変えても同じことを続けてしまうことになりかねない。そうではなく、環境を変えて、そこの環境における自分自身の立場を意識的に変えること。そうすることで、新しい自分の可能性を見出すことができるのではないか。
ボルトンへと移り、三回目のW杯を翌年に控えた時期。前年には長期にわたる故障で戦列から離れざるを得ない経験を経てのインタビューもまた、興味深い。
あがくことが悪いわけじゃないけれど、時には起きたことを受け入れて、そこからどう次につなげるかは自分との戦いになる。卑屈になったり、諦めたりせず、自分の力だけではどうしようもないものを、いかにプラスに転じていけるかが大事なんだろうね、それを学ぶことができたと思う。(251頁)
まず、事実を事実としてそのまま受け入れることが重要である。次に、受け入れた現在の状況を、いかに将来に繋げるかは、自分との戦いであるとしている。戦いとまで表現される背景には、こうした受け入れには、過去の自分を変容させるチャレンジが含まれているからではないだろうか。
最後に、引退を表明した後のインタビューから。彼に対して否定的な見解を示す方がいることは分かるが、これほど純粋で真摯な発言は、本当に心地よい。
サッカーで学んで、サッカーに教えられたことばかりでした。これを次につなげて、妥協をせず、何をするにも学ぶという姿勢を持ってこれからもやっていきたい。(381頁)
Number842「W杯出場32カ国を格付する。」(文藝春秋、2013年)
Number820「選択の人間学。」(講談社、2013年)
Number807「EURO2012 FINAL」
ラウール・ゴンザレス「無敵艦隊の悲運を背負った男」(小宮良之、文藝春秋社、2012年)
『心を整える。』(長谷部誠、幻冬社、2011年)
『アンチェロッティの戦術ノート』(カルロ・アンチェロッティ著、河出書房新社、2010年)
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