コーチとコーチングを受ける相手との関係性。著者と羽生選手との関係性は、以下の二人の対話の中に凝縮されているように思える。
オーサー 私が嬉しかったから、それが嬉しかったのかい?
羽生 そうです。僕自身はまだ全然嬉しくなっていなかったから、ブライアンが喜んでくれてるのを見て、「あ、勝ったんだ」って実感を持つことができました。(36頁)
ソチ五輪のフリープログラムで満足のいく出来ではなかった羽生選手。彼は、優勝した後でも、自分自身のフリーの演技に納得がいかなかったために嬉しくなかったという。その彼が、コーチが喜んでいる姿を見ることで、自分自身も嬉しくなった。この関係性は、師弟のほほえましく美しい関係性を端的に表していると私には思える。
バンクーバー五輪のキムヨナ選手に続き、ソチで羽生選手を五輪王者に導いた著者のコーチングの特徴は何か。以下では、印象的であった三点を取りあげる。
精神的にいつもと違うときは、いつもと違う行動をしているものです。そのために、いつもと違うコンディションになりミスを犯すのです。(165頁)
したがって、著者は、いつもと同じルーティンを大きな大会でも行なうようにコーチングを行なっているそうだ。マインドを直接的にどうこうするのではなく、同じ行動を繰り返すことで、精神状態を通常のものへとコントロールするということであろう。それと共に、自分自身がいつもと違うことをしていることに自覚的になることで、過剰に自分を追い込んでしまいミスを招く事態を避けられる。
パッケージングというのは「正しいスケート」を教え、導くことです。すぐれた音楽と振付によるプログラム、スケートとして正統派の構成、美しい衣装などあらゆることを盛り込み、洗練していくこと、それがパッケージングです。もちろん技術的な指導も欠かせません。いい加減な技がひとつでもあると、このパッケージングは崩れてしまいます。ジャンプもスピンもステップも質を高め、つなぎの演技や滑りも美しくします。完璧主義になる必要はなく、全体的に一体感があることが大切なのです。(212~213頁)
著者は、コーチングの三カ条と称してパッケージング、マネージング、モチベーティングを挙げている。そのうち、最初のパッケージングが興味深い。全体としての「正しいスケート」を意識させ、その上で完璧にするのではなく全体的な一体感を重視させるのである。これは、スケートのみならず、仕事でもすぐに応用可能な興味深い示唆であろう。
チーム・ブライアンのヘッドコーチとして私が成し遂げたと感じることが、ひとつあります。それは、私たちのリンクの上にコミュニティを作ることでした。私が信頼する人々、学ぶ人々、共に働く人々と、ひとつの運命共同体になるのです。それこそ私がつかんだ成功の秘密だと思います。(231頁)
多数の技術の要素から成り立つフィギュアスケートという競技であるから多様なコーチがチームとしてコーチングを行なう、というわけでもなかろう。企業においても、多様なステイクホルダーがチームとしてコーチングを行なうことが有効であることは、人材育成の分野においても提唱されている(『駆け出しマネジャーの成長論』(中原淳、中央公論新社、2014年))。ダイバーシティが当たり前になりつつ現代においては、このようなチームコーチングが、今後は主流になるべきではないだろうか。
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