2015年10月25日日曜日

【第505回】『オレたち花のバブル組』(池井戸潤、文藝春秋、2008年)

 「半沢直樹」シリーズ第二作。小気味の良いテンポで展開されるストーリーに魅了されながら、時に見え隠れする働く想いに感銘を受ける。

 「もしここで銀行から追い出されてみろ。オレたちは結局報われないままじゃないか。オレたちバブル入行組は団塊の世代の尻拭き世代じゃない。いまだ銀行にのさばって、旧Tだなんだと派閥意識丸出しの莫迦もいるんだぜ。そいつらをぎゃふんといわせてやろうぜ。オレたちの手で本当の銀行経営を取り戻すんだ。それがオレのいってる仕返しってやつよ」(中略)
 「いいか、バブル組の誰を役員室の椅子に座らせるか決めるのは奴らだ。団塊世代が気に入った人間をひっぱりあげる。それでいいのか。まさかお前、自分がみんなに好かれていると思っているわけでもあるまい?」
 「どう思われようと関係ないな」
 半沢はさらりとかわした。「自分の頭で考えて、正解と思うことを信じてやり抜くしかない」
 「その結果、とんでもないしっぺ返しを食らっても、か」
 「その組織を選んだのはオレたちだ」
 半沢がいうと、渡真利は舌打ちしてだまりこんだ。
 「それを撥ね返す力のない奴はこの組織で生き残れない。違うか、渡真利」(232~233頁)

 半沢と渡真利。腹蔵のない同期同士の会話の中には、どちらにも真実が溢れているように思える。世代、組織、個人の力量、信念、キャリア。様々なことを考えさせられる対話である。

 「もう一度いう。見たことも会ったこともない者を社長に据えるような再建計画なんかゴミだ。なんであんたがそんなバカでもやらないようなミスをしたか、教えてやろうか。それはな、客を見ていないからだ」
 福山は、はっとして顔を上げた。
 「あんたはいつも客に背を向けて組織のお偉いさんばかり見てる。そして、それに取り入り、気に入られることばかり考えてる。そんな人間が立てた再建計画など無意味なんだよ。なぜならそれは伊勢島ホテルのために本気で考えられたものじゃないからだ。あんたの計画は、身内にばかり都合よく出来ている。それで企業が再建できると思っているのなら、これはもう救いようのない大馬鹿者だ。反論があるなら聞かせてもらおうか、福山」(261~262頁)

 半沢の信念のありかが端的に現われているのではないか。上司や組織といった身内ではなく、客を基点に何ができるかを考えること。客とは、社外だけではなく社内にもいるものだ。そうした多様なステイクホルダーとしての客への貢献を第一に考えた上で、自分が何をすべきかを考えること。そうすることが、自分自身の信念に基づいた行動を支える礎となる。

 一人になって、もう一度自分の人生を考えるときがあるとすれば、それは今だと半沢は思った。
 人生は一度しかない。
 たとえどんな理由で組織に振り回されようと、人生は一度しかない。
 ふて腐れているだけ、時間の無駄だ。前を見よう。歩き出せ。
 どこかに解決策はあるはずだ。
 それを信じて進め。それが、人生だ。(361頁)

 取締役会での大和田との対決に勝ちながら、社内バランスの関係で意に添わない人事異動の内示を受けての半沢のモノローグ。転機に読みたい言葉だ。

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