2018年4月8日日曜日

【第826回】Number949「ベイスターズが愛されるワケ。」(文藝春秋、2018年)


 ベイスターズが優勝してから二十年が経った。優勝する少し前からの高揚感の高まりは優勝とともに去り、その後の停滞は長く、暗いものだった。横浜出身者であっても「ベイスターズを応援している」とは言いづらい、悲しい時代が続いた。

 DeNAが資本参加を表明した際には正直ほとんど期待していなかったが、結果からすると、その頃からチームの雰囲気はポジティヴに変化してきたように思う。私自身が関東を離れてからのことなのでハマスタを久しく訪れていないが、ファンを重視した球団の施策によって注目度が増したとよく報道されている。

 但し、野球場に人が訪れるのは、球団の努力とともにそこで展開される野球自体が楽しいことが前提であろう。端的に言えば、いかにエキサイティングなプレイが展開される場面を提供できるか、である。そのように考えれば、打者で言えば日本代表の四番でもある筒香嘉智選手と、投手では新人の頃からクローザーを任される山﨑康晃選手の活躍が大きな要因となっているだろう。

 まずは筒香選手の以下の言葉に注目してみた。

 急に『できた』と思えるような技術は、それは自分のものにはなっていなくて、本当に手にするまでには時間がかかるものです。だから、継続してやっていくことが大事です。でも、逆に言えば、その中でつかんだものは深く、離れないものであると思っています。(25頁)

 彼からは求道者のような雰囲気が醸し出されている。活躍しても浮かれることはなく、自身が思い描く理想像に向けて、自身を奮い立たせて一歩ずつ前に行く姿は、さすがは日本野球界の主砲である。

 一喜一憂しない理由は、上述した言葉の中に表れているのであろう。現在の結果は過去からの蓄積に因るものであり、将来を創り出すものは現在の自身の鍛錬に因るものであるという確固とした信念は揺るがないようだ。だからこそ、目の前の結果よりも継続して努力をし続けることで本質を掴むことを目指しているのではないだろうか。

 他方で、守護神を務める山﨑選手の以下の意識には、筒香選手の言葉とは違った意味で驚かされた。

 「もちろん、結果が出ていない時は悩ましい部分もあります。やっぱり人間なんで、手や足が重たくなることもある。だけど、結果にはスランプがあってもファンサービスにスランプはないと思う。(サインを求められ)『すみません、忙しいんで』と断るのは簡単ですよ。でもそれをやってしまったら、がんばってチケットを取ってくれた人たちに対して、プロとしてどうなのかなって。そんな選手になりたくないなっていう思いがぼくにはありますね」(32頁)

 よく打者については、バッティングにはスランプがあっても走塁にはスランプがない、という言い方がされる。しかし、山﨑選手のファンサービスにスランプがないというプレフェッショナルとしての意識の高さには恐れ入る。

 彼は守護神を三年間担ってきたが、昨年の4月には不調からストッパーを外れた時期があった。そうした不調の時期には、一部のファンから心ない罵声を飛ばされることも容易に想像がつく。それでも、ファンを大事にし、自身のパフォーマンスに自分自身が納得できない時期でもファンサービスを尽くす。これは、頭では理解していても、なかなかできることではないだろう。自身を律し、感情を管理する術を鍛えているからこそ、新人から守護神というプレッシャーのかかる役割を担っている原動力となっているとも考えられるのではないだろうか。

 スタートダッシュがあまりうまくいっていない今期ではあるが、主砲と守護神の活躍で、ベイスターズが本来の力を発揮する姿を早く見たいものである。

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