2018年4月15日日曜日

【第828回】Number950「大谷翔平 夢の始まり。」(文藝春秋、2018年)


 競技のルールを知らなくても、その競技を見たくなる存在が、スポーツの世界には時に現れる。メジャーに渡った選手の中では、野茂英雄やイチローがそうであったように、大谷翔平選手もまた、既にそうした人物の一人になったのではないだろうか。それほどまでに、二刀流という稀有な特徴を持った大谷選手の投打にわたる活躍は、鮮烈な印象を放っている。

 メジャーでも注目されているとはいえ、日本における報道とアメリカにおける報道の有り様は違うだろう。しかし、彼我の差を勘案したとしても、アメリカでの注目もまた大きいに違いない。そうであるのに、初先発初勝利を飾り、打者としては三戦連続での本塁打を放った大活躍の直後のインタビューで、以下のように落ち着いた言葉を彼は紡いだという。

 まだ数試合しか出ていないし、まだ2チームとしかやっていない。他にどういう人(選手)がいるのかもわからないし、どういう環境があるのかもわかりませんから、そこに惑わされず、しっかり自分の中で整理して、冷静に見ていきたいなと思っています(14頁)

 これが二十三歳の若者の言葉なのだから驚いてしまう。私たちは大谷翔平という選手を、投打の二刀流で活躍できるパフォーマンスとそれを支える身体面に着目しがちだ。しかし、自身を客観視できるメタ認知能力が卓越して高いことこそが、環境変化に対応し、周囲の喧騒に左右されず、一つずつアジャストするできる理由なのかもしれない。

 自身の投球に関しては「まだ何も変えていない」(15頁)と述べる一方で、バッティングについては、オープン戦の最終盤からステップを大きく変えたことは有名だ。そのポイントに関する自身の解説にもまた唸らさせられる。

 バットの位置に関しても、速い球、動く球を捉えるためにはある程度、固定しないといけないなというのを感じて日本からやってきてたんですけど、そうやってちょっとずつやってきたことが引き出しとなって、今回、ハマったんだと思います。急激に変えよう、今までやってきたことを捨てて新しいことをやろうとしたわけじゃなくて、僕の中ではアプローチも形もほぼ変わってないんです。(19頁)

 いやはや、イチローの言葉なのではと誤解してしまうくらい、深みのある言葉である。まず、結果が出ないからフォームを変えたということではなく、これまでアジャストしようと絶え間ざるチャレンジを続けた延長にあるという点に驚かされた。メジャーに行き、注目されながらも結果を出せないから過去の方法を変えようとしたのだと、勝手に解釈してしまっていた自身の不明を恥じた次第である。

 さらには、少しずつの試みを自覚的に行ってきたからこそ、それが「引き出し」として自身の中に言語化された状態で蓄積されていたということも大きいのではないか。目先の行動を変えることはそれほど難しいことではないが、それを自覚して自身の中にストックすることは容易なことではない。これからどれほど私たちに素晴らしい活躍を見せてくれるのか、彼のパフォーマンスとともに、卓越したプロフェッショナルの発する言葉にも目が離せない。

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