2018年4月22日日曜日

【第830回】『火車』(宮部みゆき、新潮社、1998年)

 スピーディーな展開に惹きつけられ、物語にどんどん引き込まれる。殺人、なりすまし、カード破産、といった暗いテーマが重層的に連なっているが、不思議と暗鬱とした気持ちにはならない。また、自分とは異なる世界とも思えず、現代を生きる私たちにとって、自分と重なる部分もあり、また周囲にこうした人がいるのでは、と思わさせられる。

 おそらくそれは、殺人を犯した(と思われる)人物が、絶対的な悪として描かれていないからであろう。もちろん、人を殺すことを認めるような描き方は一切なされていないし、そう思わせられる内容でもない。そうではなくて、殺人に至る人生、どのような思いで日々を生きてきたのか、といった部分に、私たちが共感できるものがふんだんに盛り込まれているからであろう。

 そういうことはあるものだ。ぼんやりと見過ごしつつ、なにか妙だなと思っていたものの正体が、とんでもない代物だったということが。焦点が合った途端に、それがわかる。(134頁)

 焦点が合っていない対象を、私たちは仔細に識別することができない。反対に言えば焦点を合わせれば、その対象を観察し、そこに何かを見出すことができる。


 にもかかわらず、焦点を意識的にあわせてなくても、直感的になにかがあると感じたり、違和を感じることができるのだから、人間というものは面白い。そうした引っ掛かりを思い返してみることで、私たちが大事にしていることに気づく、ということがあるのではないだろうか。


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