能力という概念を言葉で説明しようとしてもなかなかできるものではない。抽象的な概念を整理してくれるものが、学術的な知見の良さの一つである。成人発達理論を基に、能力の三つの特性を、環境依存性・課題依存性・変動性として著者は整理してくれている。
それぞれの詳細は本書を紐解いていただくとして、興味深かったのは変動性である。著者が前半で述べているように、私たちの多くは能力および能力が開発されるプロセスを固定的・静的なものとして捉えてしまう。特定の方法を、特定の手段で実践すれば、特定の能力が線形的に身につくのではないかと思いがちだ。
しかし、能力開発にはダイナミックな要素が影響していることは、私たちの多くが実感として持っているものだろう。では変動するものは何か。著者は変動性を「学習や実践の中における意図的に発生する変化」(69頁)と指摘したうえで、誰にでも生じるものであると以下のように述べている。
その領域の初心者から熟達者まで、すべての人が大なり小なりの変動性を常に経験しているのです。私たちは、絶えず乱高下する自分の能力に落ち込む必要はなく、そうした変動を所与のものみなして、さらなる実践に励むことが大切になります。能力の乱高下や紆余曲折に捉われることなく、絶え間ない実践を行うことによって、徐々に私たちの能力の成長が実現して行くのです。(68頁)
熟達者でも変動性の影響を受けているのであるから、そうでない普通の状態の私たちが過度にできたりできなかったりすることを気にかける必要はない、ということであろう。
ノイズと変動性に関して何が重要なのかというと、自分の学習や実践の中に、どのようなノイズが混入しており、どのような変動性を設けているかを明らかにすることです。「ノイズ」というと、言葉の響が否定的に聞こえますが、ノイズは学習や実践のスパイスの役割を果たします。ノイズがなければ、私たちの学習や実践は、極めて彩りに乏しい単調なものになってしまいます。また、ノイズの特性は、外部環境が生み出す自然なものであったり、私たちが無意識的に生み出しているものであるため、避けようがないものだともいえます。(70頁)
成長過程における変動性の要因の一つにノイズがある。ノイズを「スパイスの役割」として肯定的に捉えている点が興味深い。たしかに、予定調和的に物事が進むときには、私たちの学びもまた予定調和的なものになってしまう。そうではなくて、なんらかのノイズが挟まることで、予期しない対応能力が身についたり、学習に深みが生じたりするものかもしれない。
ではどのように学習を深めて行くことができるのか。
「点」としての知識を真に自分の中で血肉化させるというのは、その知識に自分の言葉を当て、自分の言葉で再解釈された知識を自分の中に取り入れることです。(183頁)
つまりは、ある状況の中で、自分自身がどのような言動を取り、既存の知識とどのように結びつけ、新たな知識を獲得したのかを言語化する、ということであろう。情報をインプットしてそのままアウトプットする暗記型の学習ではなく、思考というスループットと言語化というアウトプットとを噛み合せることが、能力の成長に不可欠な作用なのである。
このような能力の成長を、他者が実現することをどのようにサポートするかにまで著者は後半で論を進めている。カール・ニューウェルという身体運動学者による「ニューウェルの三角形」という考え方が興味深い。
「ニューウェルの三角形」とは、私たちが何らかの能力を高めようとする場合、「人・環境・課題」の3要素とそれらの相互作用を常に考えなければならない、ということを指摘する考え方です。(218頁)
ここで思い浮かぶのはOJTである。現場でどのような業務をアサインし、サポート体制を設け、いつ・どのようにフィードバックするか。これらを考える際には、ニューウェルの三角形における三つの要素を考え、かつそれがダイナミックに変動することを注視し改訂することが私たちには求められるのである。
【第711回】『「仕事を通じた学び方」を学ぶ本』(田村圭、ロークワットパブリッシング、2017年)
【第66回】『「経験学習」入門』(松尾睦、ダイヤモンド社、2011年)