2018年6月16日土曜日

【第845回】『ビギナーズ・クラシックス 源氏物語』(角川書店編、角川書店、2001年)


 源氏物語にはこれまで苦労してきたが、本書は、ちょうど良い入門書という感じがする。高校時代に「古文」は得意な科目であったので、大学生活を送っている際に本作品を読んでみようと試したが、中世貴族社会のどろどろ感が嫌で放り投げた。それは、現代語訳として出ているものをその後に読んでも変わらなかった。どろどろ自体は、古文であろうと現代文であろうと変わらないのだから、当たり前だったのかもしれない。

 本書は、各巻の背景や登場人物の解説に重きが置かれている。ために、人間関係のどろどろとした部分に嫌気がする私のような人間にはちょうど良い。もちろん、そうしたものを読みたい方にとっては物足りないのかもしれないが。

 文学は、歴史書と違って、事実の記録ではない。人生の真実を追求するために、人間世界の善事も悪事もとりあげる、と。事の価値判断などは、後回しである。近代文学論と堂々四つに組んで、遜色のない理路を備える。(230頁)

 巻二十五・蛍で源氏が文学論を語るシーンを踏まえての解説である。たしかに、文学とはなぜ存在するのか、そこに読者は何を見いだすことができるのか、といったテーマに対して考えさせられる内容である。

 大学入試のための試験問題として解くと、その物語の背景や深みについてまで思いが至らない。塾や予備校とは違い時間をかけて生徒に学ばせる時間がある高校教師には、学問への興味を喚起する役割もあるのだろうがそうした力量のある教師は稀有である。そのため、物語の深みやメッセージに触れると新鮮な思いがする。

 宇治は『源氏物語』「宇治十帖」の舞台となった地名である。当時、貴族の行楽地として愛されたが、その一方、古くから「憂し」の掛詞として和歌に用いられてきた。しかも、この「憂し」という語は、勅撰八代集の中で使用頻度がベストスリーに入る歌語である。和歌の伝統の中核を形づくるキーワードなのだ。宇治は、そうした憂愁の伝統から選ばれた地名なのであろう。(383頁)

 こうした解説も面白い。古文の入試問題でも掛詞はよく出てきたように記憶している。その地に興味が湧くものであり、宇治を改めて訪れてみたくなった。

【第667回】『ビギナーズ・クラシックス 古事記』(角川書店編、角川学芸出版、2002年)
【第666回】『ビギナーズ・クラシックス 方丈記(全)』(武田友宏編、角川学芸出版、2007年)

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