一見して関連がなかったようなエピソードで描かれてきた人物たちが、一つの合戦の中で、見事に一つのストーリーとして紡ぎ出される。闘いの中でそれぞれの人生観を表出し、ある者は勝機を見出し、またある者は死ぬ。
本書は、史実を丹念に調べて著されたものだそうだ。とはいえ、合戦を実際に観察して描いたものではないのであるから、点と点を結ぶ多くの伏線は著者の創作である。一つひとつの事実を基に、物語を描き出す見事な筆致に唸らさせられる。
「次郎を思っ切り阿呆に育てちゃってくれ」
この一言で、道夢斎は敗戦を悟った。あの燃え盛る安宅で何が起きたかは分からぬが、無謀にも海賊王の軍勢に挑んだ我が息子が打ち取られたことだけは間違いない。
それでも道夢斎は、哄笑していた。息子をこんな阿呆に育てたのは自分ではないか。孫もそうしろというのなら、お手の物だ。(294頁)
主人公の敵役でありながらも、もう一人の主人公と言って良い七五三兵衛の最期のシーン。悲壮感はないが、感動的だから不思議だ。死に際してこれほど達観できるものなのであろうか。
【第886回】『村上海賊の娘(一)』(和田竜、新潮社、2016年)
【第887回】『村上海賊の娘(二)』(和田竜、新潮社、2016年)
【第889回】『村上海賊の娘(三)』(和田竜、新潮社、2016年)
0 件のコメント:
コメントを投稿