最近は著者の論考にはまっている。小説はもともと好きであったが、小論も考えさせられて面白い。イノベーション、法律、遺伝子工学、といった分野の碩学との対談はスリリングであり、そのまとめとしての自由に対する論説もぜひ読んでみてほしい。
『決壊』に始まり『空白を満たしなさい』へと至る第三期と呼ばれる作品群で著者がテーマにした分人主義を基に、著者は自由へのアプローチを以下のように述べる。
分人主義的に複数の組織やコミュニティに帰属することが可能となれば、私たちは、個々の関係性において、より多くの自由を手に入れることだろう。
なぜなら、全人格的にある関係性に巻き込まれることが避けられ、一つの分人の経験を他の分人を通じて相対化できるからである。(162頁)
分人主義とは、端的に言えば、唯一の「この私」としての個人ではなく、多様な他者との多様な関係性によって個人が分割された「文人」の相対としての私、という考え方である。社会学の領域でいえば、ジンメルを想起されれば良いだろう。
私たちは、自分が巻き込まれている一つの状況、その関係性の中での分人を相対化する分人を常に複数、所有すべきである。ある分人においては、他に選択肢がないように思えていることも、他の分人を通じ、またその関係者を通じて相対化することで、必ずしも必然性がないことが見えてくる。(170頁)
分人の総体としての私という考えを用いれば、仮に一つの分人が他者から否定されて自己効力感を失ったとしても、他の分人に依拠すればよいとなる。つまり、特定の自己効力感を失う事態にあったとしても、ほかの分人によってその分人を相対化し、全体としての自己肯定感を育む、という考え方と言えるのではないか。
【第445回】『本の読み方 スロー・リーディングの実践』(平野啓一郎、PHP研究所、2006年)
【第240回】『ジンメル・つながりの哲学』(菅野仁、日本放送出版協会、2003年)
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