第一部の上巻でショパンの葬儀のシーンが描かれるため、私たちはショパンの死を予感させられながら読み進める。彼が死に対して抗いながら、その中で人々と静かに交流する最終盤では、潮騒、奔馬、豊饒などといった三島の名作のタイトルがさりげなく文章に散りばめられる演出も見事だ。
病床に伏せるショパンがドラクロワに対して語りかけるシーンでは、才能に対する興味深い考えが提示される。
「君はきっとそれに打勝つことが出来ると思う。……」と言った。そして、その一瞬だけ海が凪いだように呼吸が静かになって、「……君は、自分の才能を、人には得難い或る特権的な穏やかさの中で楽しむことが出来る。それは、熱烈に名声を追い求めるのに劣らない価値のあることだよ。……」と言った。(55頁)
才能には、輝かしいものや異彩を放つものといった華やかなイメージがある。しかし、ショパンが語るような静謐な特質も才能には含まれるのかもしれない。このように考えれば、天才と呼ばれるような一部の人たちが持つ特別なものではなく、ごく普通の私たちが才能というを考えることもあり得るのではないだろうか。
【第774回】『マチネの終わりに』(平野啓一郎、毎日新聞出版、2016年)
【第168回】『空白を満たしなさい』(平野啓一郎、講談社、2012年)
0 件のコメント:
コメントを投稿