小説を読もうとすると、自然と、漱石か三島に向かってしまう。あまりに集中するのも良くないとおもいながら、では誰を読むか。それで悩むくらいならと、また結局、彼らの作品に向かってしまうという悪循環が最近は続いていた。何がきっかけであったか記憶があやふやであるが、今回は鴎外を読もうと思ったのである。さすがにはじめて本作を読んだということはないが、これまで強く印象に残ったということはなかった。
越後の春日を経て今津へ出る道を、珍しい旅人の一群が歩いている。母は三十歳を踰えたばかりの女で、二人の子供を連れている。姉は十四、弟は十二である。それに四十ぐらいの女中が一人ついて、くたびれた同胞二人を、「もうじきにお宿にお着きなさいます」と言って励まして歩かせようとする。二人の中で、姉娘は足を引きずるようにして歩いているが、それでも気が優っていて、疲れたのを母や弟に知らせまいとして、折り折り思い出したように弾力のある歩きつきをして見せる。近い道を物詣りにでも歩くのなら、ふさわしくも見えそうな一群れであるが、笠やら杖やらかいがいしい出立ちをしているのが、誰の目にも珍らしく、また気の毒に感ぜられるのである。(Kindle No. 451)
今回、最初に印象的だったのは、冒頭の書き出しが簡潔にしてきれいである点だ。まず、情景をはっきりと思い浮かべることができる。次に、いま引用箇所を書きながら気づいたこととしては、本作のハイライトである安寿の行動が冒頭で予告されているようにも解釈できる。これは、おそらく著者が仕掛けを施したのではないだろうか、と夢想することが、小説を読み解く醍醐味の一つであろう。
いつもの詞を唱えやめて、見えぬ目でじっと前を見た。そのとき干した貝が水にほとびるように、両方の目に潤いが出た。女は目があいた。(Kindle No. 585)
ラストシーンにおける、感動的な描写には、余計な解説は不要であろう。描写のポイントを簡潔に絞り、短い部分に三つのセンテンスを入れ込んでいる点がさすがである。
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