本書では、「店長」という言葉が統一的に使われるようにファストフード・レストラン・コンビニといった業界におけるパート社員の採用・育成がメインの焦点であろう。しかし、非正規社員の採用・育成という観点に敷衍して、拡大解釈もあるだろうが応用・展開することも可能ではないか。私自身は顧客接点の多いパートタイマーの採用育成に携わったことはないが、思わず膝を打ちたくなったり、目からうろこが落ちるような想いがする素晴らしい学びの書籍であった。
今回の調査によれば、直近3年以内にアルバイトを辞めた人のうち、なんと50%以上は入社から半年までのあいだに離職しています(中略)
どんなにコストをかけて「入口対策」をしても、ごく短期間のうちに辞められてしまっては、まったく意味がありません。じつはこの早期離職を防ぐことこそが、最も重要な対策になってくると私は考えています。(31頁)
労働人口の不足による人材の奪い合いがメディアでも喧伝されることが多い。このような状況では「入口」、つまりは採用の困難さに焦点が当てられがちだ。しかし、ここで示されている調査によれば、アルバイトを辞めた人のうちの実に半分以上が半年以内に離職しているという。したがって、パートタイマーとしての就労が始まったあとに、どのように職場としてフォローするかということが肝要となる。予期せずに「出口」に向かってしまう人々を減らすことが、「入口」で困難な課題解決に取り組む機会を減らすことに繋がるのである。
こうした採用から育成に至るまでのプロセスを示し、それぞれのタイミングにおけるフォローを丹念に記しているのが本書の特徴である。四つの段階に合わせて、パートタイマーの定着率が高い職場と低い職場との特徴について、以下の四つのステージに応じて35頁で網羅的に記されている。
こうした採用から育成に至るまでのプロセスを示し、それぞれのタイミングにおけるフォローを丹念に記しているのが本書の特徴である。四つの段階に合わせて、パートタイマーの定着率が高い職場と低い職場との特徴について、以下の四つのステージに応じて35頁で網羅的に記されている。
ステージ
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定着率の高い職場
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定着率の低い職場
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採用ステージ | ・友人紹介での採用がうまくいっている ・面接ではフレンドリーに。たわいない話で和ませる ・「学校卒業」などの理由以外ではほぼ辞めない ・10年選手が4割 ・入る前に予期したほど仕事が大変ではない |
・採用は主に求人媒体。なかなか集まらない ・1ヶ月で辞める人が4割 ・入ったあとで仕事の多さに唖然とする |
新人ステージ | ・スタッフの意見をよく聞き、積極的に採用 ・いい仕事を褒める(ただし、本人が成長を実感していないところはむやみに褒めない) ・少しでもルールに反したこと、遠慮のないことをしたときは厳しく叱る ・「叱るのは店長、フォローはスタッフ」という役割分担がある |
・社員や店長が仕事を押しつけてくる ・シフトを無理強いする ・社員や店長がアルバイトによって取る態度が違う ・店長や先輩のもの言いがきつい |
中堅・ベテラン ステージ |
・店長の「右腕」となるベテランアルバイトがいる ・主役はアルバイト。教育係なども基本的にはアルバイトに任せている(店長は数年で交代するため、別の店長になっても職場が回るように) |
・ベテラン主婦たちが徒党を組んでいる ・先輩アルバイトが新人に高圧的に接している |
その他 (職場の状況や受けた印象) |
・気持ちのよい挨拶 ・和気あいあいとした雰囲気 ・売上がよい |
・忙しすぎて従業員の顔が疲れ切っている ・社員や店長が数字に追われてカリカリしている |
以下からは四つのステージごとにポイントとなりそうな部分を拾い読みしていこう。
(1)採用ステージ
人づて採用のほうがより定着率が高くなることも指摘されており、近年は、SNSなどを用いた求人などが注目されています。アカデミックな成果としても、「人づて採用」はかなり確度の高い採用手法だということがわかってきているのです。(60頁)
採用活動では、どのような媒体を用いてどのような体裁でどのような訴求を行うのか、ということがまず議論されてきた。しかし、最近では社員紹介制度が盛んになってきている。こうした社員紹介が採用時点において有効であるだけではなく、その後の定着率にまで良い影響を与えているということは納得的であるし、もっと重視して良いポイントであろう。さらに言えば、他の箇所で本書でも触れられているが、好ましい行動を継続的に取る社員に喜んで紹介してもらうかを検討することが重要であろう。
(2)新人ステージ
もう1つ注目したいのは、スキルアップ研修やeラーニングよりも、業務マニュアルについて「役に立った」と評価している人が多かったことです。
仕事のやり方や手順を自分のペースで自習・復習できるような、優れたマニュアルがあると、スタッフたちも自ら学ぼうという姿勢を持ち、好循環が生まれます。(119頁)
恥ずかしながら、人材育成に携わる身として、導入時の研修や定期的な研修がどこまで効果があるのか、悲観的に見ていた。しかし、本書における調査によれば、教育に対するパートタイマーからのニーズは非常に高く、好意的な評価がなされている。それに加えて、業務マニュアルに対するニーズの高さも顕著である。私たちは、何を学んでもらうかという内容の検討に加えて、職場で働くパートタイマーも含めて社員の方々が学び合える環境をいかに作るかという「場」のデザインに留意するべきなのであろう。
(3)中堅ステージ
- カネへの不満――じつは「時給のアップ」ではなく、承認してくれている・気に掛けてくれているという「評価実感」が求められている
- ヒトへの不満――じつは「仲良しグループ」ではなく、職場をよくしようという「チーム実感」が求められている
- 成長への不満――じつは「楽な仕事」ではなく、自分の能力やスキルが伸びているという「成長実感」が求められている(146頁)
ここでの三つの発見事実はどれも示唆的である。お金ではなく評価、仲良く働きたいではなく協働しながら職場を良くしたいという意欲、割り切って楽に働くのではなく成長を求める。これらの三つは、パートタイマーと正社員とで大差はないだろう。したがって、徒らに両者を分けて考えるのではなく、同じ部分は同じものとして公平性・公正性を担保した運用を行いたいものである。
各論で面白いと思ったのは以下の箇所である。非正規社員のベテラン層が派閥を作ったり、仲間外れを利用するのは、地域特性や職場風土によるものではなく、普遍的に見られうる現象なのである。
ベテランスタッフは自分のポジションを守るために、新人に圧力をかけたり派閥をつくったりする傾向があります。「みんなに頼られたいがために、あえて新人を潰して『人が足りない状況』を維持しようとするベテランがいた」というゾッとする話も耳にしました。(136~137頁)
(4)ベテランステージ
長期的な展望が見える働き方ができている人ほど、ベテランになったときにも職場に貢献しようという気持ちを持つということです。裏を返せば、何もビジョンを与えないまま、目の前の仕事ばかりをこなさせていると、その人材は将来的に「ガン化」する可能性が高まるとも言えるでしょう。(161頁)
中堅ステージにおける三つ目のポイントである「成長実感」の延長線上にあるポイントではある。しかし、職場での実質的なリーダーであり、正社員登用の候補ともなり得る層に目の前の同じ業務をアサインし続けると人に仕事がついてしまう。その結果として、自分の役割を限定的に捉え、それを周囲に伝えることを怠り、自分の仕事を固守しようとして頑なな態度になってしまいかねない。
パートタイマーに焦点を当てながら、職場での学習を機能させるために、採用・育成とを一気通貫したフォローのあり方を考えさせられる示唆に富んだ一冊である。
【第641回】『職場学習論』(中原淳、東京大学出版会、2010年)
【第638回】『会社の中はジレンマだらけ』(本間浩輔・中原淳、光文社、2016年)
【第359回】『駆け出しマネジャーの成長論』(中原淳、中央公論新社、2014年)
【第269回】『研修開発入門』(中原淳、ダイヤモンド社、2014年)
【第113回】『経営学習論』(中原淳、東京大学出版会、2012年)
パートタイマーに焦点を当てながら、職場での学習を機能させるために、採用・育成とを一気通貫したフォローのあり方を考えさせられる示唆に富んだ一冊である。
【第641回】『職場学習論』(中原淳、東京大学出版会、2010年)
【第638回】『会社の中はジレンマだらけ』(本間浩輔・中原淳、光文社、2016年)
【第359回】『駆け出しマネジャーの成長論』(中原淳、中央公論新社、2014年)
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