本書は、働く大人が、仕事や他者との交流を通じていかにして学び続けるかを論じた書籍である。ポイントを分かりやすく書かれているが、決して議論の中身が薄いものではなく、丁寧に論が進められ、読者が深く考えられるような構成になっている。
まず著者が私たちに冒頭で投げかけるのは、学びの主体は誰が担うのかという問いである。
僕は一方、シャイン教授のシンプルな主張を頭では理解しつつも、「生存不安をあおられてから学び直すこと」は、個人に多くの労苦を求めてしまうのではないかとも思っています。端的に申し上げるなら、他者に生存不安を脅かされてから学ぶのでは、学びそのものに喜びをなかなか感じられなくなります。(Kindle No. 341)
エドガー=シャインの議論を引きながら、学ぶための主体を環境や他者に委ねず、自分自身が担うべきであると述べられている。その理由として、何よりも、学びそのものに喜びを感じ、楽しみながら学ぶためには、自分がオーナーシップを持つことが必要なのである。このように、学びの主体を自分自身に置いた上で、著者は「大人の学び」を以下のように定義している。
「自ら行動するなかで経験を蓄積し、次の活躍の舞台に移行することをめざして変化すること」(Kindle No. 266)
学びとは変化である、と心理学では言われている。上記の定義では、一昨年に流行した『ライフシフト』での主題である人生100年という新しいパラダイムのもとで、「次の活躍の舞台」へと移行することを目的とした学びという点が加味されていることに着目したい。現代社会のパラダイムでは、企業組織の中でキャリアアップを目指すのではなく、長い人生の中で自らがイニシアティヴを持って生きていくために学びが必要なのではないか。
こうした考え方の転換を踏まえて、著者は「背伸び」「振り返り」「つながり」という三つの原理原則と、「タフな仕事に挑戦」「本を1トン読む」「人から学ぶ」「越境する」「フィードバックをとりに行く」「場づくり」「教えてみる」という七つの行動を提唱している。
それぞれのポイントについて、例示を交えながら納得的に書かれているので、詳細に興味がある場合にはぜひ本書を紐解いてみてほしい。学び続けることがしんどい作業に思える方に一つだけ付言するために、原理原則の一つ目として挙げられている「背伸び」から以下を引用する。
人はときには、一人で孤独に考え込むことも大切なのかもしれませんが、「わたしの存在が弱っているとき」に、自分の内面やインサイドを、自分一人で、えぐって、背伸びの方向性を探しても難しいのではないかと思うのです。
ですので、そのようなときには、まずは「自分から離れる」。ないしは、「自分を手放す」。視点を変えて、「他人から感謝されること」を試みてはどうかと思うのです。(Kindle No. 559)
仕事の中で背伸びすることにしんどい側面があることは間違いない。これまでの自分の知識・経験でできるコンフォートゾーンを超えた部分にチャレンジするのだから致し方ないだろう。
しかし、何もコンフォートゾーンを越えた背伸びが全て望ましいわけではない。「背伸びをしようとする大人の心理状態」(Kindle No. 485)で分かりやすく図示されている通り、あまりにストレッチしすぎると恐怖と不安で仕事に手がつかないパニックゾーンに飛躍してしまうのである。
いかにして、コンフォートゾーンとパニックゾーンとの間に存在するストレッチゾーンを目指すか。環境は変わるし、人は変わるのであるから、その解は、試行錯誤を繰り返すして自分でデザインし続けるしかない。しかし、背伸びをしながら生涯を通じた学びを実りあるものにするためにも、苦しい学びではなく、楽しい学びを心がけたいものである。
そのためのヒントは、本書にふんだんに盛り込まれている。ぜひ学びを自分のものとして捉えて、頑なにならず柔軟に学ぶためにも、折に触れて読み直したいものである。自戒を込めて。
【第727回】『人材開発研究大全』<第1部 組織参入前の人材開発>(中原淳編著、東京大学出版会、2017年)
【第684回】『フィードバック入門』(中原淳、PHP研究所、2017年)
【第641回】『職場学習論』(中原淳、東京大学出版会、2010年)
【第359回】『駆け出しマネジャーの成長論』(中原淳、中央公論新社、2014年)
【第113回】『経営学習論』(中原淳、東京大学出版会、2012年)