2018年2月4日日曜日

【第805回】『越境的学習のメカニズム』(石山恒貴、福村出版、2018年)


 学校を卒業したからといって学習が終わるわけではない。むしろ、環境変化に対応するために、私たちは学び続ける必要性は増す。学校における、ともすると受動的な学習から、能動的な学習へのシフトが私たちには求められ、学びの主体は働く個人の側に委ねられる。

 中原淳さんが近著『働く大人のための「学び」の教科書』で論じたこのような学びの変化を踏まえれば、その学びの方法や環境も変化することが自然である。私たちは、これまでの学びから新しい学びへとアジャストすることが必要なのではないか。

 これまでの企業組織における学びは、OJT、Off-JT、自己啓発の三分類で括られることが多い。本書における先行研究でも、この三つの概念と比較しながら越境的学習を以下のように定義づけている。

 越境的学習は、単一の状況と複数の状況という軸、および状況的学習と学習転移モデルという軸を設定した場合、複数の状況で状況的学習を行う場合に該当する(53頁)

 社会や職場における多様性が増す現代においては、人の外的・内的多様性が高まることは、その相互作用によって形成される状況や場面における多様性も高まることを意味する。したがって、私たちが学ぶ環境も、その多様性が増すことに繋がるはずだ。

 越境学習ではなく越境と学習の間に「的」を入れた著者の想いが伝わってくるようだ。状況が多様になれば、私たち個人はそのような状況を渡り歩き、それぞれの状況で得られた学びを個人として内省して学びを深め、変化を自ら促進する必要が生じてくる。

 このような多様な学びのboundaryは、それぞれの細かい差異を議論することの意味が減衰するように曖昧なものとなってくる。したがって、越境「的」学習という概念として整理されていることで、私たちの学びのboundaryが弱まり、多様で柔軟な学びを私たちにもたらすことに繋がるのではないか。

 本書では、プロボノ、勉強会・ハッカソン、異業種交流会、副業といった従来の自己啓発の射程範囲から少し外れる新しい学びの場面における越境的学習の効果が調査されている。その結果として、学習の効果が以下のように明らかになったと理論的意義において述べている。

 明らかになった効果は、学習者は「自らが準拠している状況」の「意味」とは異なる「意味」の存在を認知し、「意味の交渉」を行う可能性を広げることができるようになることであった。(205頁)
 異なる状況という文脈を横断する(異なる領域の人々と交流する)からこそ、異なる多様な知識や情報に気がつき、それらを統合する能力が醸成されるという越境的学習の効果を示すことができたと考える。(205~206頁)

 個人における学習が変われば、企業組織がそうした個人をどのようにサポートするかも変わる。企業において求められる学びを促すことは今後も必要ではあるが、その主体として企業のみが担う必要はないし、企業以外の多様なアクターが学びを促すことが求められる。そうであるからこそ、実践的意義を述べられている以下の三点を、人事部門は重く受け止める必要がある。

 所属する企業とは明確に異なる領域の人々と交流する越境的学習については、本業の業務遂行に効果を有することになる。(213頁)
 自組織以外の異なる領域の人々を加えてグループ討議あるいは対話を行うだけでも、一定の越境的学習の効果を得られる可能性がある。(214頁)
 企業は自社の人的資源管理との関係性を意識したうえで、越境的学習の導入を検討する必要性があろう。(214頁)

 第三の点で述べられているように、自社における人的資源管理の制度との整合性を持つことは必要不可欠であり、それは一筋縄ではいかないだろう。しかし、人事として、その難しさや煩雑さを乗り越えて、越境的学習の効果を求めることには、企業としても価値があることを理解し、チャレンジしたいものである。働く個人に対して、またそうした個人を支える人事パーソンに対して、意欲と武器を与えてくれる一冊である。

【第466回】『パラレルキャリアを始めよう!』(石山恒貴、ダイヤモンド社、2015年)
【第252回】『組織内専門人材のキャリアと学習ー組織を越境する新しい人材像ー』(石山恒貴、日本生産性本部、2013年)
【第710回】『サクセッションプランの基本』(C・アトウッド、石山恒貴訳、ヒューマンバリュー、2012年)

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