2013年7月28日日曜日

【第183回】『巨いなる企て【愛蔵版】』(堺屋太一、毎日新聞社、1997年)

 豊臣秀吉の死後から関ヶ原に至るまでの時代の大きな流れについて、石田三成と徳川家康とを対比しながら描かれた歴史小説である。家康の有する石高と比べて十数分の一にすぎない領土しか持たない三成が、いかにして天下分け目の互角の決戦へと持っていったのか。著者は、その過程を、現代の企業におけるプロジェクト・メーキングの萌芽であったと喝破する。

 当初、三成は、家康との対立軸として前田利家を中心にした家康以外の四大老および奉行の連携を企てた。その試みは成功しかかったのであるが、利家の急逝という想定外の事態に伴って中心軸を失うことで、大幅な修正が求められることとなった。そこから、家康陣営との危険な綱引きと紆余曲折を繰り返しながら、関ヶ原の合戦という一大プロジェクトへと漕ぎ着けていったのである。

 プロジェクトを企てる際には目的が必要だ。三成にとってのこのプロジェクトの目的とは、家康の思い描く農民的な封建社会の建設を防止することだったと著者はしている。家康の目指す国家観に対する違和感、倫理観の差により、劣勢の中でプロジェクト創造を行おうとしたのである。

 では、どのようにプロジェクト・メーキングを行ったのか。日本型プロジェクト・メーキングの基本を為す三要件として「①大義名分の確立、②有力かつ熱心なスポンサーの確保、③象徴的な大物首脳の推戴」(528頁)を著者は挙げる。

 第一の大義名分の確立について。三成は、秀吉が残した行政システムの中心を為す奉行全員の連署により家康の所行を告発することで、家康と闘う正当性を明らかにした。秀吉の死後に行った家康の強引な法度破りは数回に及んだため、それを、適切なシステムに則って告発しようとしたのである。家康と目指す国家観の異なる三成が、秀吉の残した統治のしくみをもとにして、つまり秀吉の残した国家観によって家康を静止しようとしたのである。

 第二に、有力かつ熱心なスポンサーの確保である。三成は、大名との連携よりも、大名の部下に当たる家老といういわばミドルマネジャーを巻き込む手法を重視した。これは積極的な意味合いもあろうが、たぶんに消極的な理由もある。なぜならば、三成の石高は二〇万石を下回るものであり、多くの大名が自身の石高よりも上、すなわち格が上の大名だったからであり、そうした大名の場合にはコンタクトパーソンを家老級に定めたのである。その顕著な例が、上杉景勝の家老である直江兼続との連携である。

 第三の、象徴的な大物首脳の推戴については、三成は成功しきれなかった。これがプロジェクトの遂行段階、すなわち関ヶ原の合戦における失敗、つまりは敗戦と自身の滅亡に繋がってしまった点である。ここにおける大物首脳は毛利が該当する。領国から政治の中心地である京都・大阪までの距離の問題はあれども、西国大名の中心である毛利家の意向が三成と家康のパワーバランスに影響を与える存在であった。傍観気味の毛利に対して、毛利家の外向顧問とも言える安国寺恵瓊を味方につけるという第二の点とも関連するポイントで成功を収めつつも、合戦中に毛利側の小早川秀秋の裏切りにより敗戦を喫したのである。

 史実をもとにしながら、大胆に現代の企業へのアナロジーを展開する本書は、歴史書でもあると同時にビジネス書である。温故知新という言葉がふさわしい、含蓄に富んだ書籍である。


【第182回】(6)The Handbook of Experiential Learning and Management Education

[Part VI]


21. Power and experience emancipation through guided leadership narratives
Anna B Kayes

The author does emphasis on the importance of conversational learning based on a four-phase process of Kolb’s experiential learning as below.

(1)concrete experience : an initial experience providing for the basis for (2)
(2)reflective observation : a retrospective review of the experience leading to (3)
(3)abstract conceptualization : putting the experience into an integrated framework leading to (4)
(4)active experimentation : testing the framework

Experiential learning being enlarged from individual to social, conversational learning consists of five dialectic poles.

(1)apprehension and comprehension
(2)intension and extension
(3)individuality and relationality
(4)status and solidarity
(5)discursive orientation and recursive orientation

The author adapts conversational learning into narrative leadership training, because learning occurs when there are opposite side of five poles during the conversation.

<要旨>

Kolbの経験学習理論における四段階のプロセスに基づきながら、会話学習の重要性を著者は指摘している。経験学習の四段階とは以下の通りである。

(1)具体的な経験:(2)の基となる最初の経験
(2)内省的観察:(3)を導く経験の回顧的な振り返り
(3)抽象的概念化:(4)を導く枠組みへと経験を統合すること
(4)積極的な実験:枠組みを試すこと

個人に閉じたものから他者に開かれた社会的なものへと経験学習を拡張させたものが会話学習であり、五つの極から成る。

(1)不安(感情志向)vs理解(理性志向)
(2)内向(内省・慎重志向)vs外向(行動・達成志向)
(3)個人vs関係性
(4)地位(ポジションによる区別)vs連帯(平等性)
(5)とりとめのない(線形的)vs回帰的(円環的)

著者は会話学習をリーダーシップトレーニングにおいて物語を用いる手法に適用する。なぜなら、先述した五つの極の会話が為されるときに学習や気づきが生まれるからである。

22. Work orientations and managerial practices an experiential and theoretical learning event
Tony Watson

Using the author’s theory, called ‘a negotiated narrative approach to teaching and learning’, he suggests the importance of narrative communication between students and lecturer.

A target of ‘a negotiated narrative approach to teaching and learning’ is ‘student learning’, and it is related to ‘negotiated narrative’ which has connection to ‘research-based organizational/ managerial/ work narratives’, ‘experience-based student narratives’, and ‘academic concepts and theories’.

Adapting this theory into his study for undergraduate students, learning is not only related to their experiences but also supports them to manage their future experiences.

<要旨>

本章では、「教育と学習における相互ナラティヴ・アプローチ」という理論を用いながら、著者は学生と教師とが相互に語り合うコミュニケーションの重要性を主張する。

「教育と学習における相互ナラティヴ・アプローチ」とは、「学生の学び」を結果変数に置いたモデルである。「学生の学び」は「相互に物語ること」から促され、「相互に物語ること」は「研究に基づいた組織/管理/職務の物語」「経験に基づいた学生の物語」「学術的な概念や理論」から成り立つ。

この理論を用いた学生への授業の結果、学びは、過去や現在において既に経験している事象と関連があるだけではなく、将来に得られる経験を生み出す上でも大きなサポートを与えていると結論づけている。

23. Maximum Disorder working experientially with HRM and business studies undergraduates
Jane Thompson & Tracy Lamping

Maximum Disorder is a name of setting style of session or training room. Compared to usual and standard style, Maximum Disorder seems to be strange. But, because a desk and several chairs are located in the center of the room, surroundings can see the process of discussion and learning. It is important for attendants to see someone’s learning process, because ‘understanding of one’s own learning process and that of others is an essential prerequisite for future organizational roles’. 

<要旨>

Maximum Disorderと呼ばれる研修やセッションのレイアウトの様式は、普通のスタイルのものと比べて少し変わったものである。机と数脚の椅子が部屋の中央に置かれているために、その周囲に座る参加者は、中央スペースで行われる話し合いや学びの過程を見ることがでいるのである。参加者にとって学習の過程を眺めることには意義がある。なぜなら、「自身や他者の学びのプロセスを理解することは、将来における組織上の役割を担う上での前提条件として機能する」からである。

24. Working with experiential learning a critical perspective in practice
Kiran Trehan & Clare Rigg

It is obvious that lecturers have a high potentiality to influence students’ works, careers, and lives. Considering about this importance of lecturers, they have to develop themselves constantly, in order to make their capability of teaching and facilitating better. ‘Just as we ask of our students, we also need to engage in reflexive practice.’

<要旨>

講師が学生の職務・キャリア・生活全般に対して影響を与える可能性が高いことは明らかだ。講師のこうした重要性を鑑みれば、教えたりファシリテートする能力を向上させるべく継続的に自分たち自身を成長させる必要があるだろう。「私たちが学生に対して求めているのとまさに同じように、私たちもまた経験学習に取り組むことが必要である。」

2013年7月27日土曜日

【第181回】『インド日記』(小熊英二、新曜社、2000年)

 インド滞在時における社会学者の日記は、インドそれ自体を描くものではなく「インドを通して見えてきた何か」(389頁)を描写したものだった。何かを題材にしてものを書くという行為は、何かを通じて自分の問題意識を探り出す作業に繋がるのであろう。著者の場合、初めての経験を日記という形式で出力することは、ナショナリズムという彼が探求してきた研究テーマを考えさせる誘因になったようである。

 ナショナリズムに関する示唆に富んだ指摘は本書の随所に見られる。中でもとりわけ感銘を受けた点を以下に挙げていく。

 第一に、登録がアイデンティティを創るという問題について。歴史社会学の研究では、国家が国民に登録させる項目が、アイデンティティ形成を促すとされている。たとえば、身長や体重を記載されれば誰もがスタイルを意識し、それによって他者や自分を規定するようになる。腹囲を測定され、メタボという概念が形成されれば、太り過ぎや不健康といったことが意識されるようになる。このように登録事項がアイデンティティを創る現象は、インド人とパキスタン人とが外見上まったく区別がつかなかったという著者の経験から想起されたものである。元々、外見上でほとんど違いがない両者の間に、インド人とパキスタン人という明確な区別を創り出す。その結果として、外形上の区別が意識上の違いとしてのアイデンティティを生みだし、印パの対立を生んでしまっているのである。

 第二に、「伝統」の創造について。近代化は、それ以前にあった特定の社会層における風習や、ある地位における特徴的な物産を「伝統」とすることで、同胞意識を涵養する。日本で言えば、前者は武士階級の一部の風習にすぎなかった切腹が(国民)小説で美徳として描かれることで「伝統」になり、太平洋戦争下では通常は市井で暮らす普通の「国民」が切腹を行った。また、国家の中における地域差を明確にするために、各地域で「伝統」工芸が誕生した。インドにおいては、イギリスの統治政策がカースト制度を類型化する過程で厳格に文言化され、それ自体が「伝統」になった。こうした「伝統」の創造には、マスメディアが寄与する面も大きい。以前の映像を可視化し、遠く離れた地域の文化を国民国家の内側の同胞が分け隔てなく共有することで、「伝統」が創造・強化される。

 第三に、原理主義やナショナリズムの発生について。近代化はそれ以前にあった宗教的な絶対的価値観の相対化を生み出す。それは近代化の結果として生み出される国民にとって、頼るべき価値観がなくなることを意味する。頼るべき絶対的な価値観の欠落は、どのように行動すれば他者から肯定的に評価されるかという評価軸が多様かつ可変的になるということを意味する。偉大なガンディーを熱く語っていれば理想的であると言われていた時代が去った後で、何によって評価されるのかが分からない状態が近代化を進行させているインドの現状である。頼るべき価値観の空隙をぬって、原理主義やナショナリズムといった狭い集団の中で評価を得られるものが存在感を増す余地が生まれるのである。

 第四に、ナショナリズムの帰結について。インドを訪れて数日後に体調を崩した著者は、無性に日本食が恋しくなって食べてみる。食べる前にはとてもおいしいように思えていた日本食を、実際に食べてみてそれほどおいしくないことに気づく。この事実から、「現状が悪いときにはシンボリックなもの(「日本」)に希望を託すが、それそのものを入手すると期待が裏切られたりする」(34頁)と一般化するところがさすがである。ナショナリズムを希求する状況と、その帰結に関する、非常に含蓄の富んだ警句である。


2013年7月21日日曜日

【第180回】(5)The Handbook of Experiential Learning and Management Education

[Part V]

18. Experiencing scholarly writing through a collaborative course project

Andrea D. Ellinger et al.

In this chapter, the authors conclude that collaborative writing project for doctoral program students have several positive impacts. Through this project, they found out diverse facets of the experiential learning cycle.

One of the positive impacts is related to learning organization. During the course, as the attendants were made into this project deeply, their team became learning organization. Then, it was easy for them to learn important concepts based on using them in this project.

The result is illustrated by one of the attendants as below. “the collaborative writing project gave me an opportunity to experience various types of literature’.

<要旨>

著者たちが試みた博士課程の学生に協働的に論文を書かせるプロジェクトは、学生たちにポジティヴな影響を与えたと著者たちは結論づけている。このプロジェクトを通じて、経験学習サイクルの多様な側面を見出せたとしているのである。

そのうちの一つは、学習する組織と関連している。学生がプロジェクトに没頭するに従い、学習する組織として機能し始めたのである。その結果、重要な概念をプロジェクトの中で自由に適用させていくことで、彼らはそうしたものを容易に学んだのである。

こうしたポジティヴな結果は、以下の参加者の一人の声に表れていると言えるだろう。「協働的な論文執筆プロジェクトは、様々な種類の文学について学ぶ機会を私に与えてくれた。」

19. Experiencing a collective model of doctoral research supervision
Sandra Jones et al.

The author concludes that there are positive impacts adopting experiential learning theory into the classes of doctoral course. A research related to Communities of Practice (CoP) ‘can provide a valuable experiential learning opportunity for doctoral candidates, especially those undertaking research into professional practice’.

We have to make effort for CoP to be bourn and kept for a long time. It is made when we can provide attendants with ‘emotional support, intellectual stimulation, and an opportunity to discuss emerging ideas in a ‘safe’ environment, through support given to each other’. Then, they can ‘share their individual practice-based knowledge in a collective research environment’. 

Besides of sharing individual practice-based knowledge, there are many advantages of a CoP as follow, ‘building relationships, learning together, and developing a sense of belonging, trust, and mutual commitment’.

<要旨>

経験学習を用いる学習スタイルは博士課程のコースにおいても有効であると著者は結論づけている。コミュニティズ・オブ・プラクティス(CoP)を用いた研究では、「研究を実務へと応用でき、価値のある経験学習の機会を博士課程の学生に提供することができる」。

CoPの状態を生み出し、長い期間に渡って継続させるためには努力が必要であり、なにも自然に実現されるということはない。コミュニティへの参加者に対して「相互に助け合いいながら、感情的な支援、知的な刺激、『安全な』環境で生じるアイディアを話し合う機会」が提供できる場においてCoPは実現される。こうした場において、参加者は「集中的な調査環境の中で彼(女)らが持つ実践知を共有する」ことができるのである。

実践知の共有以外の点においてもCoPには、「参加者間の関係構築、協調学習、所属し信頼し相互コミットメントの感覚を涵養する」という利点があることに着目すべきであろう。

20. Drawings as a link to emotional data a slippery territor
Tusse Sidenius et al.

Using a drawing approach in doctoral course makes students more participative, because it is related to their feeling and emotional responses. Based on this approach, the authors made a doctoral class which was consisted of two parts, one was ‘telling others about one’s drawing’ and the other one was ‘listening to others commenting on it’.

The authors conclude that artful expressions are important because it is able to ‘yield knowledge that the informants are not even aware of themselves’. It is also very important ‘to note that such methods demand certain skills in handling sensitive and personal information from research participants as well as group processes’.

<要旨>

絵を描くというアクティビティを博士課程のコースに用いることは、学生をより参画的な姿勢にすることができる。なぜなら、絵を描くという行為は人間の感情や感覚的な反応に関係するからである。このアプローチに従った授業を著者たちは実際に行った。その授業では、「自分が描いた絵を他の学生に伝える部分」と「他の学生が自分の絵に対して行うコメントを聴く部分」との二つから構成される。

この授業を実施し観察した結果、「参加者自身が気づいていない知識を生み出す」ことができるためにアート表現は重要であると著者たちは結論づけている。また「そのような手法が、参加者個人だけでなくグループプロセスから感覚的で個人的な情報を扱う特定のスキルを必要とするということに気づける」という点でも重要であろう。


2013年7月20日土曜日

【第179回】『成長する管理職』(松尾睦、東洋経済新報社、2013年)

 ノウハウ本は、個別具体的な個人のイベントをもとに書かれているために、著者か内容に興味があれば読み進め易いというメリットがある。しかし他方で、文脈依存性が極めて高いために著者の自慢話にすぎないものも、残念ながら多い。それに対して、学術書はとっつきにくいものであろうが、本質が抽象化されているために文脈依存性が弱められ、読者が自身の課題に合わせて加工することができる。読み応えのある学術書ほど、考えながら行動することが求められる現場での応用や実践ができるものなのではなかろうか。

 本書で著者が明らかにした知見のうち、経験と能力の関係性、良質な経験を生み出す先行要因、こうした点を踏まえた実践的含意、という三点にここでは着目したい。

 第一に経験と能力の関係性について。部門を超えた連携が求められる経験は多様な観点からの情報分析力を高め、部下育成の経験は部署全体での目標共有力を高め、変革参加の経験は事業実行力を高める、ということが考察の結果として明らかとなった。このうちの変革の経験が事業実行力を高める度合いは、他の二つと比べて低いことも考察された。このことは、変革に参加する経験の質と量が不足していることに加え、事業実行力が高まっているマネジャーが少ないという調査結果から推察される。したがって、日本企業においては、変革の経験から事業実行力を高める度合いをいかに担保するか、が経営課題になることが考えられる。

 この点を検討する上で、キャリアの段階ごとにおける経験と能力の関係性は大きく異ならない、という著者の分析結果に注目するべきであろう。つまり、担当者時代の経験が課長になってから発揮できる能力への影響、課長時代の経験が部長になってから発揮できる能力への影響、といったキャリアの段階ごとに経験と能力の関係性の差異は小さいのである。したがって、マネジャーになってからの経験に私たちは過度に依存する必要はないのである。マネジャーになる前の担当者時代に経験を積んでおけば、マネジャーとして必要な能力を身に付けることができるということを意味するからである。

 では経験をいかに自分の職務に引き寄せるかが次の問題となる。これが第二のポイントとして掲げた経験の先行要因である。著者は、経験学習には経路依存性、すなわち「過去にどのような経験をしているかによって、現在の経験が規定される傾向」(139頁)が存在することを本書で明らかにしている。こうした個人レベルでの経験学習プロセスに経路依存性が存在することを明確にした点は本研究の理論的な新規性である。

 個人の経験学習において経路依存性があるということは、換言すれば、過去の経験が現在の経験を生み出すということになる。ではどのように良質な経験のスパイラルが始まるのか。著者は、社会関係資本の蓄積をその起点と置くことの妥当性を示唆している。すなわち、社内の上司、斜め上の上司、先輩や同僚をはじめ、社外のネットワークも含めた多様な社会関係資本を持つことで、良質な経験を得られる機会が高まるということである。こうした社会関係資本を蓄積するためには、学習志向によって挑戦的経験を引き寄せることが重要であると指摘されている。つまり、偶機が訪れるのを受動的に待つのではなく、「挑戦・好奇心・独自性を重視」(143頁)する学習志向を強めるという主体的なアプローチが必要なのである。

 上述したポイントを踏まえて、企業における人事・人材育成上の実践的含意についても触れられている。これが着目すべき第三のポイントである。まず、部門連携により情報分析力を高めること、部下育成により目標共有力を高めること、変革参加により事業実行力を高めること、という第一のポイントで指摘した経験から能力へ結びつける三つの学習系統を連動させることである。それぞれの学習系統は相互に連動しているため、個別に学ばせても機能しづらいからである。次に、キャリアの段階による学びに大きな違いがない以上、キャリアの初期段階から挑戦的な経験に身を投じさせることが求められるだろう。最後に、周囲からの支援を引き出せるようにしくみを整えること、しくみを利用できるだけの個人の態度や姿勢の準備を促すことの重要性が述べられている。

 このように考えれば、「人事・人材育成上」の実践的含意と銘打った通り、上記の三点を踏まえるためには教育や研修という単独の施策では機能しないことが自明であろう。これは座学が機能しないという次元の話ではなく、ダイアログであろうとアクション・ラーニングであろうと教育施策という単独の手段の限界を指摘したいのである。すなわち、教育という一つの人事の機能だけでは対応できないということである。部署の設計や人材の配置といった組織デザイン、職務の創り込みや流動的なワークスタイルの許容といった職務デザイン、マネジャーによる部下育成やネットワーキングを促すような評価制度。このような人事の諸機能の横串を通すこととともに、人事というスタッフ部門だけではなく、経営やラインのマネジャーに横串を通すことも求められるのである。

 最後にポイントは逸れるが興味深かった点をもう一つ。序章で学習と成長という概念の差異について定義が為されている。学習については「経験を通して知識・スキル・行動が変化すること、すなわち能力が変化すること」(29頁)と定義されている。つまり、学習そのものは価値中立的な存在であり、ポジティヴな学習だけではなくネガティヴな学習も存在する。無気力の学習や学習性無力感などは後者の典型例であろう。こうしたネガティヴな学習を捨象するために、著者は「業務を遂行したり問題を解決するうえで必要となる能力(知識・スキル・行動の総合体)を獲得すること」(29頁)というように成長を定義し、書名にもあるように成長に焦点を置いて議論を進めている。全ての言葉について学術書におけるような細かな概念定義は不要であろうが、せめてキーとなる言葉については日常の業務の中でも概念定義をしっかりと行いたいものだ。


【第178回】『構造と力』(浅田彰、勁草書房、1983年)

 前近代社会に対する近代社会という対比構造において、著者は、前者をスタティックな社会と呼び、後者をダイナミックな社会としている。

 このような類型で捉えれば、前者は、スタティックな差異化に基づいて社会における価値形態が規定されることになる。こうした価値形態は、宗教や土着の信仰といった長い年月の中で積み上げられてきた固定的な規範に基づくものである。むろん宗教や信仰といったものも変容をすることはあるが、その変容のスパンは数十年や数百年単位のものである。したがって、スタティックな差異化に基づく社会における身分は生まれる前から規定されており、その状態が中長期にわたって継続することとなる。ために、一個人の視点に立てば、自身の社会的身分を変えようと努力するのではなく、与えられた身分の中で日々精進する営為が合理的な態度となる。

 これに対して、後者においては差異化じたいがダイナミックに変容することが社会の特徴を表している。「神は死んだ」と宣言したニーチェの言葉を出すまでもなく、後者を規定するスタティックな価値観は存在しないか、その存在の強さが前者に比べて著しく減衰している。そのため、個人の視点に立てば、自身を社会的なスタティックな規範に基づいて規定することはできない。このように考えれば、あらゆる個人は、社会における多様な複数の他者との差異化によって自身を規定することとなる。他方で、差異化の形態じたいも時代の変遷と共に刻々と変化することを考え合わせれば、社会的身分の流動性が導かれることになる。社会における差異化の規範がダイナミックに変容する中で、個人の社会における有り様もまたダイナミックに変容することになる。

 こうしたダイナミックな差異化への絶え間ざる適応の帰結として、精神的・肉体的に疲弊をきたす事態が生じることは想像し易いだろう。価値相対的な状況への対応策として、前近代社会における絶対的価値形態を擬製するかたちで、学歴信仰や「宗教」的カルトといった表面をなぞっただけの似非が生み出される。しかし、こうした擬製的な信仰や宗教が、近代社会におけるダイナミックな差異化の波に晒されない特別な存在になりえるわけではない。したがって、そうした存在の浮沈のスピードは非常に早く、擬製的信仰や宗教の信者は、一時の擬製的平穏を得られるだけにすぎない。


 このような類型で論じると、近代社会とは私たちに絶望をもたらすだけのように思えてしまうかもしれないが、そのようなことはない。著者は、学生に対するメッセージとして希望を記している。「自己の狭隘な一貫性などにこだわっていないで、あらゆる方向に自己を開き炸裂させること」(20頁)という教養のジャングルにおいて知を渉猟せよ、という著者のメッセージをよく噛み締めるべきであろう。このメッセージは、なにも学生に限ったものでないことは付言するまでもないだろう。教養のジャングルは、学校だけに拡がっているのではなく、私企業や公的機関で働くいわゆる「社会人」にとっても同様に拡がっているからである。


2013年7月15日月曜日

【第177回】(4)The Handbook of Experiential Learning and Management Education

[Part IV]

14. Pictures from below the surface of the university -The Social Photo-Matrix as a method for understanding organizations in depth-

Burkard Sievers

Social Photo-Matrix (SPM) is a method of using photos as experiential learning. Though taking photos were used in trainings, there is a difference between old typed methods and SPM. In the former one, photos are taken by external people, then internal people can see new findings and implications inside of the photos.

On the contrary, the photos in the SPM are for internal people because they are taken by themselves. Being different from the way to just see the photos taken by external people, the experience of SPM made participants feel a partner with the organization which they belong.

SPM is not a group but a matrix of photos. It means that matrix is ‘a collection of minds opening and being available for dwelling in possibility’. It can reveal the organizational shadows which they want to deny ‘due to the need to be viewed in a favourable light by others’.

<要旨>

経験学習の一つの手法として、写真というメディアを用いるSPMがある。トレーニングの中で写真を用いる手法は他にもあるが、SPMとの間には相違がある。前者では、組織の外部の人間が撮影した写真を用い、第三者の視点による写真を見ることで、組織に属する人間にとって新しい気づきや示唆を得られることを狙っている。

それに対してSPMにおける写真は、組織の内部の人間自身が撮影する、内部の人間自身のためのものである。外部の人間が撮影した写真を単に見る手法とは異なり、SPMを経験することで参加者は自身が所属する組織と一体であるパートナーとして体感することができる。

SPMにおける写真は単なる集合体としてのものではなく、マトリックスである点に着目するべきであろう。マトリックスであるということは、「オープンであり、可能性を追求する意識の集合体であること」を意味する。「他者から見て望ましい光のような存在として見られたいがために」組織の人々が否定しようとする組織における影の存在を明らかにすることができるだろう。


15. Becoming better consultants through varieties of experiential learning
Jean E Neumann

As below, there are five types for consultants to take in experiential learning.

1)Curriculum and module decision
Based on adult learning theory, it can bring participants consulting approaches for normative and re-educative change, against 'commercial pressure for rapid evidence of successful change and development'.

2)Experiential activities and reflection
Consultants can relate theories to experiential activities.

3)Consultancy experience and reflection
'Working with organizational clients provides the most compelling developmental experienes that consultants encounter'.

4)Vicarious learning
Observing other person's learning can make observers discover their own values and attitudes critical to consultancy practices.

5)Institutional reflexivity
Through experiential element of educational design structure, participants and consultants can reflect together.

<要旨>

以下に述べるように、コンサルタントが経験学習を利用する上では五つのタイプがある。

1)カリキュラムおよびモジュールのデザイン
アダルトラーニングの理論に基づけば、参加者に対して規範的で再教育的な変化に向けたコンサルティングアプローチをもたらすことができる。その際には、「成功に向けた変化と発達を素早く証明させようとする商業上のプレッシャー」に対抗する必要があるだろう。

2)経験的な活動および内省
コンサルタントは理論を経験的な活動に結び付けることができる。

3)コンサルティングにおける経験と内省
「組織に属するクライアントと働くことでコンサルタントが直面する極めて発展的な経験の提供」

4)代理学習
他人が学んでいることを観察することで、観察者がコンサルティングの実践にとって必要不可欠な価値観と態度を発見することを促す。

5)組織的な内省
経験的な教育デザインの構造の要素を通じて、参加者とコンサルタントはお互いに内省することができる。


16. Balancing the on-line teaching of critical experiential design a cautionary tale of parallel process
Elizabeth Greese

This chapter is a case study adapting experiential learning methodology into real classes. Based on the author’s action research, there is a big gap between several cases, even if there is few different conditions among them.

One of the most important factors which influence the results of experiential learning is related to attendant itself. Whether attendants can do with challenging cases, related to experiential learning, is ultimately up to their mind, attitude, performance, knowledge, and skills.

<要旨>

この章では経験学習の理論を用いたアクションリサーチの報告が為されている。著者の結論はシンプルだ。同じような状況であっても、経験学習がマッチするかどうかはグループによって異なる。

経験学習が適合するかどうかに影響を与える主要因の一つは、参加者自身にある。経験学習理論に基づくチャレンジングなケースにうまく対処できるかどうかは、参加者の意識、態度、行動、知識、スキルに依存するのである。


17. Integrating experiential learning through ‘live’ projects a psychodynamic account
Paula Hyle

Among three major MBA programmes, Lecture-centered MBAs, Project-added MBAs, and Experiential MBAs, each of them has own features.

From the experiential viewpoint, Lecture-centered one is done in a psychologically safe zone, because lectures and experiences are divided. In Project-added one, ‘experiential learning boundaries can be managed to permit some uncertainties, but avoid over-threatening challenges’. Experiential one is more mixed with experiences and more flexible. Its feature is that ‘challenges and setbacks require facilitated negotiation, so that they lead to qualitatively different experiential learning’.

These differences make the acquired degree of knowledge different. Lecture-centered one provide ‘a coherent and convincing knowledge base’. Project-added one provide ‘realistic experiences equipping MBAs for industrial work’ and ‘less frequently as a negotiable pluralism’. Experiential one provide ‘pluralistic and fragmented group cultures, which sometimes are susceptible to negotiable outcomes’.

<要旨>

MBAにおける三つの学習スタイルには、レクチャー中心型、プロジェクト型、経験学習型の三つがあり、それぞれに特徴がある。

まず経験学習という観点から検討する。レクチャー型は、レクチャーと職場での経験が分離しているために、精神的なストレスは掛からず、安心して受けることができる。プロジェクト型では、「経験学習の限界は不確実性を許すことができるようにすることができ、挑戦に対する過度な脅威を避けることができる」。経験学習型は、経験どうしを組み合わせ、より柔軟にすることができる。その特徴は「挑戦と逆転をするには調整された交渉が求められ、質的に異なる経験学習を導ける」。

こうした違いは、知識における違いを促すことになる。レクチャー型は、「一貫して説得的な知識のベース」を提供する。プロジェクト型は、「産業的な職務における現実的に得られるMBAの経験」と「交渉可能な多様性としての少ないもの」を提供する。経験学習型は、「交渉的な結果に影響を受け易い多様性と断片的なグループカルチャー」を提供する。


2013年7月14日日曜日

【第176回】『新しい人間管理と問題解決』(エドガー・H・シャイン、産能大学出版部、1993年)

 私たちは、企業におけるコンサルテーションという言葉から、戦略、情報システム、人事制度といったコンテンツを描き出すことに対する支援を思い浮かべる。いわゆる戦略系コンサル、システム系コンサル、人事系コンサルといったコンサルティングファームのほとんどのビジネスがそうなっているからであろう。しかし、何を行うべきかというWHATにばかり意識が集中されると、それをどのように導き出し、どのように実行へと移すか、というHOWが等閑になる。本書は、コンテンツそのものではなくプロセスにおけるコンサルテーションを扱うものであり、こうした点に1980年代から着目していた著者の慧眼には脱帽する。

 組織における実行力をどのように高めるか、という点とも繋がるプロセス・コンサルテーション(PC)について、著者は以下のように定義づけている。

 PCとは、顧客によって定義された状況を改善するために、顧客が、自分の環境で生じる諸事象のプロセスを、みずから感知し、かつそこで行動しうるよう彼に支援を与える、そういったコンサルタント側の一連の活動に他ならない。(31頁)

 この定義が含意するのは以下の二点であろう。第一に、PCをすすめるためには、コンサルタント側というよりも、むしろ顧客側における意志や意図が必要不可欠となる。特定の事象を改善しようとしたり、ストレッチングな目標を達成しようとしたり、といった顧客側の高いコミットメントがPCが成功するための大前提となるのである。第二に、コンサルタント側に問題解決を委ねるのではなく、顧客側が問題を同定し、解決策を導出し、実行していく、という姿勢が求められる。顧客側が行うそうした一連のプロセスに対して、コンサルタントはその支援を行うというスタンスをPCでは取られるのである。

 このようなポイントを踏まえて、PCが支援する集団の問題解決と意思決定のプロセスは二つのサイクルに基づいて進展すると著者は指摘する。第一のサイクルは、問題の定式化、解決案の作成、提案された解の結果を予測しテストする、という三つの段階から成り立つ。こうしてできあがった解決案を実行フェーズに落とし込むのが第二のサイクルである。こちらは、行動計画の作成、行動を実施に移す、行動の結果の評価、という三つの段階から形成される。こうしたフェーズや段階といった細かな規定を設けることで、問題解決のプロセスが停滞した時に速やかに問題の所在を明らかにし手を打てる、という著者の指摘は、PCが経験から成る実践知であることの証左であろう。

 集団における問題解決であるからには、組織における人と人の関係性、すなわち社会的プロセスを扱うことになる。したがって、心理学が対象とする個人単位を扱うものではなく、社会学が対象とする相互依存関係を扱うことになることに留意が必要だ。著者が近著(人を助けるとはどういうことか 本当の「協力関係」をつくる7つの原則 )で警鐘を鳴らしているように、近年ではモティベーション、キャリア、気質や人格といった心理学の知見が企業では重視され、社会的プロセスがないがしろにされがちだ。しかし、問題解決のプロセスを回すのは集団であり、個人ではない。私たちは今一度、企業における社会的プロセスに光を当てるべきであり、その際に、本書におけるPCという考え方は大きな縁となるだろう。


2013年7月13日土曜日

【第175回】『秀吉の枷』(加藤廣、文藝春秋社、2009年)

 本書は単独でも楽しめるのであろうが、著者の前作『信長の棺』と併せて読むことをお勧めする。歴史ミステリーとでも呼べるジャンルの本作を読む上で、前作を読んでいると、想起され易い人物や、繋がってくる史実があるからである。

 本書によれば、秀吉という人物の行動原理の軸は、信長との関係性、朝廷(天皇)との関係性という二つに集約されるようだ。朝廷との関係性が一貫した行動原理に繋がるのに対して、信長との関係性は主従関係が始まった当初から信長の死後に至るまで揺れ動く。こうした静と動の対照的な関係性が、秀吉という稀代の人物の言動を興味深いものにし、また秀頼誕生後の不可解な言動へと導くのである。

 まず朝廷と秀吉との関係性について。秀吉の出自については諸説あり現代に至っても確定していないのであるが、京都から落ち延びた藤原道隆の末裔であると著者はしている。藤原道隆は、藤原家による摂関政治の土台を創り上げた藤原道長の兄であり、道長との権力闘争に敗れた人物である。秀吉=農家の出身、という通説を否定するのは『信長の棺』から続く著者のスタンスであるが、こうした出自に基づく朝廷への尊崇の念が秀吉の静的な行動原理となる。天皇への尊敬の精神が、征夷大将軍ではなく京都の朝廷と密接な関係を持つ関白および太政大臣というポジションへと秀吉を導く。

 さらにこの尊皇精神が、朝廷を軽んじる言動を繰り返す信長への反発心を生じさせたのではないか、と著者はする。加えて、人々の命を軽視する信長への不信感と繋がり、信長よりも自身の方が将の器が大きいという確信に繋がり、信長に対する叛意が芽生え、大きくなる。信頼する竹中半兵衛との対話から、信長およびその主たる配下への偵察活動を本格化させ、信長に取って代わるチャンスを窺い、それが本能寺の変への間接的な加担へと至る。この一貫した仮説は爽快な論理であり、一気に読ませる。

 しかしタイトルの「枷」に表されているように、信長を謀殺したという心の負い目が天下を取った後の秀吉の重しになる。謀殺の証拠を匂わさせられる家康に対して強く出ることができず、家康の勢力を弱めることに失敗する。自身の子ではないと言われ自身もそのような疑いから逃れられないにも関わらず、信長の妹の娘である淀の子・秀頼を後継者にするために数少ない肉親の秀次に切腹を強いる。天下人となった後の、一見すると傍若無人とも言える秀吉の言動について明快な論理が爽快であるが故に、対照的になんとも重たい読後感も残る。

2013年7月7日日曜日

【第174回】(3)The Handbook of Experiential Learning and Management Education

[Part III]

9. Tales of ordinary leadership - a feminist approach to experiential learning

Silvia Gherardi & Barbara Poggio

When we think about social and political issues such as feminism, it is useful for us to adapt experiential learning approach to them. To narrate something related to feminism is the way to reflect and reconstruct their experiences and to gain new awareness.

Considering about the leadership, the authors say, it is totally gendered. Historically speaking, in the realm of leadership, there are the charismatic leader, the participative leader, the transactional leader both of which are difficult to relate to femaleness.

If we adapt reflexive approach to leadership, we can be aware about this gendered paradigm of it. Then we will start to think about leadership without gendered prejudices

<要旨>
フェミニズムをはじめとした社会的・政治的イシューについて考える際においても、経験学習のアプローチを活用することが有効である。フェミニズムに関連する話題をストーリーとして捉えることで、私たちの経験を内省したり再構築することができ、新たな認識へと至ることができるのである。

たとえばリーダーシップという事象もジェンダーの要素が多分に含まれていると著者は指摘する。リーダーシップに関するこれまでの言説には、カリスマリーダー、参加型リーダー、変革型リーダーといったものがある。これらは男性的な要素を多く持っている概念であり、女性性と関連付けづらい要素を持ったリーダーシップの概念と言えよう。

このように、経験学習における内省的なアプローチでリーダーシップを捉えることにより、私たちはリーダーシップを取り巻くパラダイムを明らかにすることができる。そうすることではじめて、ジェンダー意識を括弧に括った上でリーダーシップそのものを認識することができるのである。

10. Theatre in management and organization development
Jhon Coopey

Theatre training have been one of the major management trainings. Then, how does theatre training make attendants learn?

First of all, it is important for attendants to learn with trustfulness to 
others. So theatre should be designed as a trustful space for all the attendants. A theatre being set as this, they can ‘rediscover and revalue their experience’.

When we want theatre training to be effective, there are two important factors as below.

First, taking enough time and effort to develop programmes is important for the use of workshops. The more we spend time and effort to theatre training, the better it will be.

Second, experiencing theatre training deeply helps attendants to find out new recognition of the world. It makes them relate their own experiences to new feeling, then they can adapt their new knowledge into their businesses.

<要旨>

演劇を用いた学習は管理職トレーニングにおいてここ数年で注目を集めてきた手法である。こうした学習は、どのように参加者に学びを与えるのであろうか。

まず、他者や環境への信頼性が学びを促すために必要不可欠な前提となる。学びとしての舞台は、全ての参加者にとて安全な環境としてデザインされなければならない。こうした安全な環境として舞台が整えば、参加者は「自分たちの経験を異なる視点から再発見し、新たな価値を見出す」ことができるのである。

このような効果的な劇場型学習を促すためには、以下の二つの点が重要である。

第一に、ワークショップのためのプログラム開発に充分な時間と労力をかけることである。時間と労力を掛ければ掛けるほど、良い品質のものができあがる。

第二に、劇場型学習に没頭させることで、世界に対する参加者の認識を新しいものへと変容させることができるだろう。彼らのそれまでの経験を新しい感覚と結びつけることによって、そうした新しい認識を彼らのビジネスに適用することを促すことができるのである。

11. Wilderness experience in education for ecology
Peter Reason

Wilderness experiential learning is the course which ‘aims to equip participants with the skills, knowledge, and awareness to review their own practice and play an active part in moving organizations towards a more valuesaware orientation’. In this workshop, participants can experience four types of knowing as below.

  1. Experiential knowing : ‘feeling and imaging the presence of some person, place, process, or thing’ through direct encounter
  2. Presentational knowing : made experiences into ‘the metaphors and analogies of aesthetic creation’ based on experiential knowing
  3. Propositional knowing : ‘expressed in statements, theories, and formulae that come with the mastery of concepts and classes’ based on presentational forms
  4. Practical knowing : ‘knowing how to do something, demonstrated in a skill or competence’ based on three prior forms of knowing

Being changed their knowing, participants can get ‘their sense of who they are as humans in relation to the earth which penetrates and deeply challenges their practice as organizational members’.

<要旨>

自然体験学習は、「自身の経験を振り返ることで参加者に新たなスキル・知識・知覚を与え、より価値のある方向に組織を動かす積極的な役割を担う」コースである。こうしたワークショップにより、参加者は以下の四種類の認識を経験することができる。

1)経験認識:対象と直接的に接触することで「人・場所・過程・物事が立ち表れる様の感得やイメージ」
2)プレゼンテーション認識:経験認識に基づき、自身の経験が「美的な創造物としての喩えや類推」へと変容された認識
3)提案的認識:プレゼンテーション認識に基づき、「概念や教訓の錬磨に伴ってできあがる言説・理論・定式として表されたもの」
4)実践的認識:上記1)~3)に基づき、「スキルやコンピタンスの中に見られるどのようにするべきかに関する知識」

このように自身の認識が変容することで、参加者は「自分自身は地球とどのように関わる者であるのかという感覚」を得られ、「組織の一員としてのチャレンジを促すことに繋がる」。

12. Blue-eyed girl? Jane Elliott’s experiential learning and anti-racism
Elaine Swan

In the realm of multicultural and anti-racism training, experiential learning methods have been significant since around 1980s. There have been four trends about these issues in UK as below.

1)multicultural awareness training
It was popular while 1980s. The main aim was to ‘promote knowledge, recognition, and respect for different cultural traditions’.

2)municipal anti-racism
Being reaction to multicultural awareness training, it emerged in the middle of 1980s. It aimed to reveal and improve the jobs and industries which were strongly related to specific human races. One of the examples based on this approach was positive action.

3)race awareness training (RAT)
The method of this training ‘resembled the experiential methods of encounter groups from the human potential movement’. 

4)diversity training
In the 1990s and 2000s, having been replaced old fashioned trends, diversity started to be main stream. Experiential learning methods ‘are still a core component in diversity training, although there is much less consistency of approach than in RAT’.

Every anti-racism approach is related to emotions. It is important for us to ‘be aware of the complex politics of construction needed around how emotion is conceptualized and theorized in relation to experiential learning and anti-racism’. 

<要旨>

異文化トレーニングや差別に関するトレーニングの領域において、経験学習の手法は1980年代頃から活用されている。イギリスでは四つの潮流があったと著者は指摘する。

1)multicultural awareness training
1980年代に流行した手法である。「異なる文化の伝統に対する知識・認識・尊重を促進する」ことを主眼とするものである。

2)municipal anti-racism
1)への批判を受けるかたちで1980年代中盤から現れた手法である。人種と特定の職務や産業とが強い相関関係を持つという構造を明らかにし、改善することを目的としたものであり、ポジティヴ・アクションはその端的な例である。

3)race awareness training (RAT)
「人間性運動に始まる(カール=ロジャースが始めた)エンカウンターグループに関する経験学習の手法に似た」トレーニングを用いた手法である。

4)diversity training
1)~3)の手法に替わって、1990年代から2000年代にかけて主流になった手法である。経験学習はこの手法でも「重要な要素を担ってはいるが、RATと経験学習との強い結びつきほどではない」。

いずれの手法においても、人種差別反対に関する手法は人間の感情と関わっている。私たちにとって「経験学習や人種差別反対と関連する概念や理論と、人間の感情とがいかに関係するかという複雑な構造を認識すること」は極めて重要である。

13. Choosing experiential methods for management education -the fit of Action Learning and Problem-Based Learning-
Anne Herbert & Sari Stenfors

Because there are several types of experiential learning, we have to choose the right methods considering about situations both instructors and learners are facing. In this chapter, authors compare the features between Action Learning (AL) and Problem-Based Learning (PBL) from some viewpoints.

From the viewpoint of learner’s readiness, when they have enough practical experiences and some theoretical knowledge, AL is more effective than PBL. Through AL, learners can adapt their own workplace problems into their classes. On the contrary, when they are interested in new learning methods and knowledge and have responsibility for their own learning, it is more effective for them to learn through PBL.

Next, let’s consider about instructor’s side. Because instructors always have to be faced on learners’ practical issues through AL, it is necessary for them to have enough management consulting experience. Then they are needed to allocate their time to support the learning process. On the other hand, in PBL,  they should have enough ability to arrange input about relevant theories. And also, they had better have skills to control the learning objectives and to facilitate the learning process.

Though AL and PBL have different features as above, there are common important things to do. One of the most important things to do is that we should design whole curriculum in mind before arranging precise plan and learning schedule.

<要旨>

経験学習という領域にはいくつかの手法があり、インストラクターと学習者の保有知識や経験、直面する課題といった状況に応じて適したものを選ぶことが重要である。この章では、アクション・ラーニング(AL)とプロブレム・ベースト・ラーニング(PBL)を取り上げ、それぞれがどのような状況で適しているかを比較している。
 
まず、学習者の側から検討する。ALが適しているのは、学習者が実務上の経験や実務に関連する知識を充分に持っている時である。そのような状況であれば、学習者は自身の職場での課題をクラスに持ち込み、解決に向けて適用することができる。他方、学習者が新しく学べる手法や知識により強い関心があり、自身の学びに責任を持っている場合には、PBLの方が適している。

次にインストラクターの側から検討してみよう。ALではインストラクターは常に学習者の実務上のイシューに直面することになるため、課題や部下をマネジメントする経験を十全に持っている必要がある。さらに、学習者の学びのプロセスに積極的に関与するために、自身の時間を柔軟に掛けられるように調整できることも求められる。他方、PBLを用いる場合には、インストラクターは学習者の状況に関連する理論をその場に応じて適用させる能力が必要とされる。また、学習項目を調節したり学習を促進するファシリテーションスキルを充分に持っていることも求められるだろう。

このようにALとPBLには異なる特徴があり、それぞれが適用される状況は異なることもあるが、共通する項目を理解しておくことも重要である。共通する項目の中で最も重要な一つは、詳細な計画やスケジューリングを行う前の時点から常に、全体の学習カリキュラムを入念に検討し心に留めて置くことである。


2013年7月6日土曜日

【第173回】『活動理論と教育実践の創造』(山住勝広、関西大学出版部、2004年)

 教育とはなにか。成長という概念で説明しようとすると、たちまち個人単位へと領域を狭めてしまうことになる。些末な定義を捨象してしまえば、成長とは、個人の認識の変容に過ぎないからである。著者はデューイから連綿と続く社会学的なアプローチで教育を捉え、人間の教育可能性は「人間の学習の社会的性質」(59頁)に基づくものであるとする。

 教育の持つ社会性に着目すれば、教育という概念の射程範囲は、私たちが日常的に考える以上に広まりを持つこととなる。こうした考え方をもとにすれば、エンゲストロームの「拡張的学習」という学習観が引き出されることになる。著者は、拡張的学習を「現在の実践活動の文化歴史的文脈を拡張し、これまでにないような新しい実践活動の文化的パターンをつくりだしていく集団的学習活動」(102頁)と本書では定義づけている。ために、拡張的学習という学習観に基づいた学習活動とは、「活動のコンテクストを批評し、問題を創造し、活動のモデルの創出と適用のさいのガイドラインとして役立つ、方法論、ヴィジョン、世界観を道具として、活動システムの再構築をつくりだしていく」(117頁)という発展可能性を有する。

 拡張的学習に則った学習活動の発展可能性は、こうした学習というサイクルだけではなく、コミュニティへと波及する。つまり、「直接的な一次的グループから始まって集団や組織へ、さらには活動の社会的ネットワークへと拡張」(117頁)することで、社会人の学びの文脈で言えば越境学習へと、学校での教育の文脈で言えば総合学習へと繋がる。

 コミュニティどうしが結びつくことで、知識と知識が結びつく。そうした対象とプロセスの変容によって、学習の対象じたいが多層的に変容する。こうした現象は協働的な学習であり、「学習する組織」における学習観と同根のものであろう。したがって、学校であれ企業であれ、変革と結びつき易い考え方である。

 変化が激しいと言われる現代においては、教師や研修講師が一方的に知識を伝えるという教育スタイルが通用する範囲は狭くなってきている。そうした旧態依然的な教育スタイルに替わって、拡張的学習が有する教育への可能性は大きいだろう。しかし、私たちは日本の学校における総合学習の「失敗」にも同時に留意する必要がある。決められたものを決められた進め方で伝えれば通用する教育スタイルとは異なるものが総合学習では求められる。端的に記せば、そうした新しい学習観に基づいた新しいスキルセットとマインドセットが必要なのである。

 これは何も教師の単独の問題ではない。拡張的学習理論が述べるように、教師もまた、教育のシステムの一つであり、彼(女)らを取り巻く様々な制度や社会的文脈に合わせてトータルなしくみとして考える必要がある。こうしたバックアップシステムとセットでなければ、次代を担う世代を教育することは難しいのではないか。

『状況に埋め込まれた学習』(J・レイヴ+E・ウェンガー、産業図書、1993年)
『経営学習論』(中原淳、東京大学出版会、2012年)
『「経験学習」入門』(松尾睦、ダイヤモンド社、2011年)