2013年9月7日土曜日

【第196回】『永遠の0』(百田尚樹、太田出版、2006年)

 感動する、泣く、電車では読まない方が良い。そうした評判を事前に耳にして構えすぎていたからか、最後に至るまで残念ながら涙を流すことはなかった。酷薄な人間だと誤解されないように付言すると、私はわりと涙もろい方だ。読書で言えば、『白い巨塔』のラストを電車の中で読みながら、十数分ずっと泣いていたくらいだ。だからといって、本書の読み応えが減衰することはない。零戦の士官を務めて戦死した人物・宮部久蔵を取り巻く、戦争当時の彼の知り合いによる人物描写は一気に読ませる。戦争とは何か。家族とは何か。生と死とは何か。様々なテーマが凝縮された戦争小説である。

「すべては慣れだよ。あとは続ける根気だ。続けていくうちに力がついてくる」(172頁)

 激しい戦闘後にも関わらず厳しい肉体鍛錬を続ける宮部が後輩に語る言葉である。重力と逆らいながら零戦を自在に操る凄腕は才能が為せるものではなく、その背景には人知れない鍛錬がある。そして、その鍛錬の背景には、生きて家に帰り妻子と再び会うという目的がある。

 誰しもが死にたいとは思わないものだ。太平洋戦争時に動員された日本国民のほとんど全員が生きて帰るという目的を持っていただろう。しかし、それを表に出しづらい雰囲気や空気が支配していた。

 明け方近くに「志願します」という項目に丸印を書き入れました。多くの者が志願すると書くはずだという意識が書かせたように思います。私一人が卑怯者になりたくなかったのです。名前を書く時に、文字が震えないように気をつけたのを覚えています。こんな時にも、そんなことを考えたのです。(396~397頁)

 神風特攻隊への参加は志願制であった。すなわち、形式としては個人の自発的な意志によるものであったのである。「志願します」という項目以外のものを選択できない空気が支配していたのである。

 しかし今、確信します。「志願せず」と書いた男たちは本当に立派だったーーと。 自分の生死を一切のしがらみなく、自分一人の意志で決めた男こそ、本当の男だったと思います。私も含めて多くの日本人がそうした男であれば、あの戦争はもっと早く終わらせることが出来たかもしれません。(397頁)

 しかし、そうした空気の中で「志願せず」という断固とした意思表示をすることこそが勇気であり、若者の命をいたずらに落とすことを避けられた、という著者の示唆は重たい。逃げることは臆病だと言われる。しかし臆病だと言われることを覚悟してでも信念を持って逃げることこそが、勇敢なのではないか。私にとって本書は、感情に訴えかけられるというよりは、いろいろと考えさせられる小説である。

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