2013年9月8日日曜日

【第198回】『組織論レビューⅠ組織とスタッフのダイナミズム』(組織学会編、白桃書房、2013年)

 論文執筆中には最も苦しい部分であるが、終わった後には最も充実感を得ている箇所。私にとってそれは先行研究レビューの部分であった。先行研究を行うことによって、ある分野における論文同士の論点を整理することができるとともに、自分自身が心の底から何を探求したいのかがくっきりとかたちを為す過程は爽快だ。インプットとアウトプットとが通底することをはじめて体感したのが先行研究レビューであった。

 本書は、組織学会が気鋭の若手の研究者を中心にして、五つのトピックスに関する先行研究レビューを集めた異色の労作である。研究活動を少しでも行った者にとっては、その汗と涙に共感せざるを得ない書籍である。どれも素晴らしい論考であるが、ここでは、二つのトピックスに絞って記していきたい。

 一つめはプロフェッショナルに関する先行研究である。

 著者はThompson(1965)を引きながら、組織におけるプロフェッショナルの役割は、既存の知識を組み合わせることで組織にとって価値のある新規のものを創り出すことにあるとする。自分自身の特異な知識により何かを生み出すという従来のプロフェッショナル像から、他者や組織の保有するナレッジをマネジメントすることで価値を生み出すという現代に活きるプロフェッショナル像への発想転換が行われたのである。

 さらに1980年代を過ぎてくると、特定の企業という枠ではなく特定の職務におけるプロフェッショナルへと研究の対象は移っていく。Abbott(1988)やSchon(1983)は、プロフェッショナルにおける知識の使用過程は職務の集団単位で差別化されている点を主張する。つまり、顕在化された行動における差別化ではなく、知識の運用という、ともすると潜在的なプロセスにおける差別化が、プロフェッショナルとしての優位性の源泉となっている。ビジネス書に載っている優秀なプロフェッショナルの過去の行動を今の時点で適用してみても、既に陳腐化しているためにうまくいかないものだ。AbbottやSchonの指摘は現代の仕事を取り巻く環境をも鋭く指摘している。

 二つめはアイデンティフィケーションに関する研究レビューである。

 まず、Ashforth et al.(2008)やPratt(1998)やvan Dick(2004)をもとに、組織コミットメントと組織アイデンティフィケーションという類似した概念の相違を指摘している。組織コミットメント論では「心理的に分離された存在(entity)である組織と個人の結びつき(binding)」を扱う。それに対して、組織アイデンティフィケーション論では「組織は個人の社会的アイデンティティの1つを構成するものとされ、組織との知覚された一体性(perceived oneness)」を扱っている。前者が個人と組織との関係性に焦点を当てているのに対して、後者では個人が組織との位置づけに関する自己意識に焦点を当てているのである。

 では今なぜ組織アイデンティフィケーションに焦点が当たるのか。それは組織アイデンティフィケーションを説明変数として置いた際に、結果変数として重要な対象が出てくるからである。すなわち、協同行動、組織市民行動、離職、創造的行動、内発的動機づけ、情報共有、組織への肯定的評価、組織の防衛、職務満足、業務調整などといったものが例示される(Ashforth et al., 2008)。企業の業績やパフォーマンスに影響を与えるこうした要因に影響があることが実証されている対象に対して、研究がなされることは当然であるとはいえ、重要な視点であろう。

【参照文献】
Abbott, A. (1988). The system of professions : An essay on the division of expert labor, Chicago: University of Chicago Press.
Ashforth, B. E., Harrison, S. H., & Corley, K. G. (2008). Identification in organizations: An examination of four fundamental questions. Journal of Management, 34(3), 325-374.
Pratt, M. G. (1998). To be or not to be: Central questions in organizational identification. In D. A. Whetten & P. C. Godfrey (Eds.), Identity in organizations: Building theory through conversations (pp. 171-207). Thousand Oaks, CA.: Sage.
Schon, D. A. (1983). The reflective practitioner: How professionals think in action. New York: Basic Books.
Thompson, V. A. (1965). Bureaucracy and innovation. Administrative Science Quarterly, 10, 1-20.
van Dick, R. (2004). My job is my castle: Identification in organizational contexts. International Review of Industrial and Organizational Psychology, 19, 171-203.

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