2013年12月14日土曜日

【第229回】『日本型人事管理』(平野光俊、中央経済社、2006年)

 修士時代、人事の機能について学術的に考察する上で、本書は私にとってのバイブルの一つであった。数百の論文や書籍を渉猟する過程で、この本に出会った時は、知的興奮をおぼえたものだ。日本におけるHRMの有り様をアメリカ型企業におけるそれとの比較によって明らかにし、その展望を示唆することが本書の目的である。彼我のマネジメントの相違は、本書が述べるように、求められる人事管理の相違に繋がる。私自身は、修士号を取得した後、日本企業での人事実務を経験し、現在は外資での人事実務を担っている。自分自身を被験者としたいわば人体実験の過程で、日々、肌感覚をもって経験している事象を改めて抽象化して深く学ぼうと思い、本書を再読することにした。

 まずは「先行研究レビュー」のレビューから始めよう。

 本書では、日本型の組織モードと、アメリカ型の組織モードとの違いを明確にするために、情報システム特性と人事管理特性という二つの軸に基づいて二つの理念型を明らかにしている。

 情報システム特性は、「集中的情報システムと分権的情報システムに分類される」こととなる(59頁)。前者(CI)は「情報管理および意思決定がセンターに集中されるシステム特性で、センターはタスク単位間の活動と取引を規定する集中的な計画策定とその実行指示に関する権限を有している」(59~60頁)。ために「ヒエラルキーに沿った垂直的コーディネーションと仕事の専門化」(60頁)が集中的情報システム特性の特徴となる。反対に、後者(DI)では「センターによって作成される計画は単に一定期間における作業活動のフレームワークを提示しているにすぎず、各タスクは計画策定後の事後的な現場情報にしたがって、アドホックに活動する権限を有している」(60頁)。したがって「責任権限の配分が曖昧であり、非ヒエラルキー的な水平的コーディネーションと伸縮的な職務の仕分け」(60頁)がその特徴となる。

 他方の人事管理特性とは、「組織の個々のメンバーが仕事のコーディネーション様式と一貫した技能形成、情報処理、そして意思決定を行うように動機づけるインセンティブ・システムやトレーニング方法(キャリア開発)の選択様式、および人事管理の主体が人事部であるかラインであるかの相違」(60頁)を示すものである。こちらについても、情報システム特性と同様に、センターに集中化するか(CP)、各セクションに分権化するか(DP)、という集中化と分権化という軸でプロットされる。

 両者を掛け合わせると、日本型はDIかつCPという象限にプロットされる。つまり、タスクを通じた情報は現場で柔軟に運用されることで知恵も現場に蓄積されるが、それがシステムを通じた標準化によって本社スタッフが集約することはあまりない。一方で、人事情報については本社スタッフが細かなものも含めて現場の社員の情報を集約し、本社主導での人事異動や採用が行われる。

 アメリカ型は日本型の逆だ。システムにより現場におけるタスク情報を標準化して集約化する(CI)一方で、ライン主導の採用とラインに閉じたプロフェッショナル・キャリアを積ませる人事特性(DP)がその特徴である。

 こうした既存の日本型企業とアメリカ型企業とを先行研究レビューによって同定した上で、現在の両者の企業がどのような動きをしているかについて、著者は調査・分析を行う。その考察において、特筆すべき理論的示唆について見ていこう。

 ある日本の化学メーカーにおける調査の結果として、情報システム特性がDIからCIへ、人事管理特性がCPからDPへと接近している様を観察したと結論づけている。大事な点はこうした動きのプロセスである。つまり、「まず情報システム特性の変化が先行し、それに適合させる形で人事管理特性が追随することが確認された」(199頁)というのである。実務的なインプリケーションへの翻訳を試みれば、現場における情報がITを用いて集約・標準化する傾向が強まり、現場における知識を全社において共有する動きが生じる。それに付随する形で、人事情報に関する本社サイドのコントローラビリティがやや低下し、ラインにおける人事情報が閉じる傾向が出始める。つまり、ラインにおける採用権限の強化、人材の抱え込みが生じる頻度が増える、ということである。

 こうした状況に対して人事の対応はどうあるべきか。著者は以下の三点がポイントとなることを結論として述べている。

 第一に、職能資格制度から役割等級制度への移行である。日本型の職能資格制度からアメリカ型の職務等級制度へとドラスティックに変わることもあろうが、その副作用への対応として日本企業は役割等級制度を生み出した。つまり、「事前に決められた職務等級の基準に基づく職務評価の厳密な運用でなく、当該社員の能力に応じた職務範囲の伸縮に柔軟に対応する」(206頁)ために役割等級制度が適用されているのである。

 しかし、「役割等級制度であってもランクや職務割当の決定権をラインに委譲するように作用するので、ラインと本社人事部の人事情報の偏在は大きくなる」(232頁)。したがって、人事情報の偏在を減少するべく、本社人事部が人事情報を集約(CP)しようとする力学が働くことになる。それが第二、第三のポイントである。

 第二のポイントはコア人材の人事部個別管理強化である。いわゆるサクセッション・プランが該当し、次世代の経営者候補となるコア人材を養成するという目的のもとに、本社人事部が人事情報を個別に管理する。集約する人事情報をもとに、部門を超えた異動をも本社人事部が主体的に動かすことになる。こうすることで、現場の文脈における粘着度の高い人事情報を本社人事部が集約するのである。

 第三はキャリア自律支援である。具体的には、キャリアアドバイザーやキャリアカウンセラーの導入であり、キャリアを考えてもらうワークショップの開催が該当する。第二のポイントが職務におけるパフォーマンスといった人事情報に特化するのに対して、キャリア自律支援では各人のソフト面の情報を吸い上げる機能を持つと言えるだろう。

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