2014年5月25日日曜日

【第289回】『日本の経営<新訳版>』(J・C・アベグレン、山岡洋一訳、日本経済新聞社、2004年)

 半世紀以上も前の日本企業を観察して上梓された書籍とは思えない普遍性に驚かされる。優れたビジネス書とは、ビジネス環境が変わった後世においても読まれる書物なのではないか。

 今回の調査からひとつの結論を導き出すとするなら、それは、日本の工業の発展にあたって、工業社会の発展に関する欧米モデルから予想されるものと比較して、工業化以前の日本にみられた社会組織と社会関係からの変化がはるかに小さいことであろう。(174頁)

 本書の意義はここから読み取れる。50年以上も前のビジネス環境と現代のビジネス環境とはあまりに異なりすぎ、当時のベストプラクティスが現代の日本企業にそのまま活きることはないだろう。しかし、戦前・戦中から1950年代における日本企業の変化そのものは、現代の日本企業が直面する変化を考える上で参考になるのではないか。端的に言えば、不易流行である。変えるべきものを変え、変えるべきでないものを変えない胆力が私たちに求められているのである。

 本書が書かれた時代、換言すれば本書が対象にしている時代における企業について考えてみよう。花田(2013)によれば、1950年代は労務・人事管理パラダイムが支配的であったが、著者が本書で見出したのはむしろ高度経済成長期における人材開発パラダイムに基づく人事のしくみである(『新ヒューマンキャピタル経営』(花田光世、日経BP社、2013年))。これは、新しいパラダイムへと移行している先進的な企業と、戦後の混乱期におけるパラダイムに属している企業とが混在していた様子が表れていると解釈できよう。いずれにしろ、花田が指摘した高度経済成長以降の時代における人的資源管理パラダイムが本書に表れていないことは留意されたい。

 では著者が調査した1955年~1956年における日本企業の特色とは何か。 最終章における著者の要約は三つに大別できる。それぞれの要約をもとにしながら、必要に応じて各章の著述を補足しながら解説を試みる。

 第一のポイントは、いわゆる終身雇用である。

 日本の生産組織では、構成員は取り消されることのない終身の地位をもつ。(172頁)

 終身雇用というと、現代では古い制度でありネガティヴな印象すら与えることが多い。しかし、そうしたしくみが成り立っていたのは、社会環境やビジネス環境を背景として、その他の施策との整合性が取られていたこと注目するべきだ。

 この種の雇用関係がもつ意味を全体的にとらえるには、日本企業の社会組織という幅広い観点が不可欠である。会社と従業員のこの種の関係は、採用の制度、動機付けと報酬の制度と密接に関連しており、日本企業の組織全体にとって基本的な部分になっているのである。雇用関係の全体像から労働力の流動性が乏しい点だけを切り離して論じる事は可能だが、この点が孤立して機能しているわけではなく、この点に変更をくわえれば、組織の仕組み全体に大きな影響を与える。この雇用制度が不利なものだと結論づけるまえに、会社組織の他の側面を検討して、この制度が変わった場合の影響をみていく必要がある。(34~35頁)

 このように、終身雇用と労働力の流動性が乏しいという社会環境は表裏一体のものである。労働力の流動性が上がることが望ましいという一側面だけを見るのではなく、終身雇用が求められた背景とともに検討する必要があるだろう。さらには、終身雇用を中心として、それ以外の報酬や採用といった第二・第三で取りあげる各論と結びついていることを意識するべきだ。

 第二に、採用について。

 採用にあたっては、具体的な職務や技能ではなく、個人としての資質に基づいて選考する。(173頁)

 終身雇用を中心として採用という機能を考えると、入社時点でのポジションとの適合性というよりも、長期にわたって一緒に働く家族を選ぶということになる。そうなれば、特定の知識やスキルで選別するのではなく、人物評価となることは自然であろう。こうした考え方は、現代の日本企業でも、とりわけ新卒採用というシステムが存在すること、および新卒採用において人物評価の占める比重が大きいことを踏まえれば、現代でも生き残っている考え方である。

 無駄なポストが増え、不必要な仕事が作られ、能力不足の従業員を維持するために生産性が低下していることは明らかであり、予想される通りである。(60頁)

 終身における雇用を守るためには、採用した人材が活躍できない状態であっても、雇用状態を保持することになる。そのためには、不必要なポストを作り、業務に支障が出ないようにすることになる。一度、あるポストを作ると、そのポストが職務を創り出し、結果的に不必要であるにも関わらず削減することは難しくなる。したがって、労働生産性が低下されることは想像に難くない。そうしたデメリットを内包してまで、終身雇用を保持しようとした当時の日本企業が抱いたメリットについて私たちは考える必要がある。そこにこそ、日本企業が保持していた強みがあるのかもしれない。

 第三は報酬について。

 生産組織内の報酬は、一部だけが金銭で支払われる。そして、勤務成績を基準にするのではなく、広範囲な社会的要因を基準にして決められる。(173頁)

 職務給ではなく、属人的な要因で報酬が支払われるのが当時の日本企業の特徴である。人の生活に関する要素について報酬が支払われるため、社会的な要因を基準にして、支給される報酬は決められる。

 入社するのがむずかしく、入社にあたって会社と従業員が終身の関係を約束するので、報酬も間接的で人間的なものになっている。会社は従業員の衣食住など、生活のすべてに対して責任を負うとみられているし、会社自身も責任を認めている。そして、衣食住を支給し、医療や教育などを提供する直接の責任を負っている。(87~88頁)

 職務給においては、職務を契約によって遂行することに対して報酬が支給されるのに対して、当時の日本企業では従業員を取り巻く社会的要因を鑑みて生活を支えるために報酬が支給されるというロジックが形成された。

 企業は職場内に止まらず、従業員の生活に深く関与しており、従業員に対して会社が責任を負う範囲はきわめて広い。(174頁)

 さらには、そうした報酬は、従業員個人だけを対象としたものではなく、その家族をも包含するものとなる。従業員の生活を支える存在としての報酬であれば、家族を射程に置くことは当然だったのかもしれない。

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