2014年7月7日月曜日

【第304回】『模倣犯(五)』(宮部みゆき、新潮社、2005年)

 物語が終わってほしくない気持ちもある一方で、しかし早く結末を知りたい気持ちもある。最終巻を迎える今の心情だ。

 「身に降りかかった不幸を何とかするために悪戦苦闘するのは、ちっとも悪いことじゃないよ」(95頁)

 自身の家族への不幸な事件に責任を感じ続け、自分を責め続ける少年に対し、同じような境遇の老人が諭す言葉である。事件の責任を受け容れるという重大な決断をしつつも、受け容れるだけではなくアクションを起こすことを提案する。

 「あんたはいつだって何かやろうとしてきたんだ。あんたの身に降りかかった災難から立ち直るために、何か道がないかって、ずっと探してきたんだ。その一瞬一瞬は、いつだってあんたにとっては正しい方向を向いていたんだよ。だけど、ちょっと続けて苦しくなると、すぐにそれが間違ってたような気分になって、やっぱりあれはホントじゃなかったっていい始める。まるで、いちいち“あれは本当のことじゃないです”って断らないと、誰かに叱られるとでも思ってるみたいだ。誰も叱りゃしないよ。だって、あんたの人生はあんたのものなんだから。過去の災厄だけがあんたのものなんじゃなくて、これから先の人生だってあんたのものなんだ。誰にもお伺いをたてたりせずに、自分のためになることを自由に考えていいんだよ」(99頁)

 動くことをしないわけではない。しかし、動いてみてそれが意に添わない結果となると継続できなくなる。そればかりではなく、それが自分自身への責めということにつながり、内に籠ってしまう。

 「あんたはもう、逃げ回るのをやめた」と、有馬義男は言った。「それは偉い。立派な決断をした。だがな、ぶたれるのが嫌で逃げていたのをやめて、ただぶたれるのに任せることにしたというだけじゃ、やっぱり駄目だ。ぶたれてぶたれてぶたれ続けて、良いことなんかあるわけねえだろ。だから、逃げずに留まって踏ん張るなばら、もう彼女にぶたれるのもやめて、言い返してやんな。そうだよ、僕は自分で自分を責めてる。自分に責任があると思ってる。そうじゃないって言ってくれる人もいるけど、やっぱり自分では責任があるように思えて仕方がない。だから、充分に自分で自分を傷つけてる。だけどこれからはもう違う。どうしたら自分を傷つけるのをやめられるか、それを考えてる。今はまだどうしたらいいかわからないけど、一生懸命考えてる、と」(103~104頁)

 どう解決できるかわからなくてもいい。ただ、自分自身がどのような状態で苦しんでいるかがわかっていて、苦闘しながらそれに取り組もうとするだけでいい。これは、少年への言葉を通じて、老人が自分自身へと語っているようにも取れる。だからこそ、読者に伝わってくるものがある。この言葉を受け容れながら、苦しみをさらに吐露する少年に対して、老人はさらに語りかける。

 「そしたら言ってやれ。僕が僕自身の心の傷と罪悪感とどう折り合いをつけるか、その方法は自分で考える、だからあんたの指図は受けないって。あんたもあんた自身の傷をどう癒すか、自分で考えろ、あんたの親父をだしにするな、とな」(104頁)

 相手に対するリアクションではなく、自分自身に対するプロアクティヴな行動。それによって自分が過剰に意識してしまう責任に対する折り合いをつける。

 長くは泣かなかった。多くも泣かなかった。それでも安心して涙を流せることの喜びに、ただじっと丸くなっていた。この涙は今までのそれとは違った。頬を焼きもせず、こみあげるときに真一の心を削るようなこともなかった。(105頁)

 驚くような解決策が提示されるわけではない。むしろ苦しみもがく道へのはじまりにすぎない。それは、考えようによっては絶望の淵に自覚的に立っているだけにすぎないだろう。しかし、自分自身のありように納得する瞬間というものは、その内容がどのようなものであれども、尊いものである。その後、物語の最後のシーンで、少年は自身の家族を惨殺した殺人犯を父に持つ少女に対して宣言を行なう。

 「嘘をついて気が済むなら、つけよ。俺は平気だ。自分のしたことは、自分でちゃんとわかってるから。それにーー」 「それに?」 「本当のことは、どんなに遠くへ捨てられても、いつかは必ず帰り道を見つけて帰ってくるものだから。だからいいよ。俺は俺でーーこれからの自分のこと、考えるから」(490頁)

 本作の第一巻の所感において、近時におけるPC遠隔操作を用いた事件に衝撃を受けて本作を読み直したと書いた。さらに、第三巻の投稿では、共犯者と偽装された共犯者とが死に至るシーンが以前に読んだ際のハイライトであったと記した。しかし、今回、改めて本作を読み直して私が興味関心を抱いたのは、一家を惨殺されつつも自分自身がその事件を引き起こしたと思い悩む少年であった。少年の心の葛藤と、彼を取り巻く人々とのやり取りを通じて、葛藤と折り合いをつけようとする姿勢に心を打たれた。

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