2015年3月8日日曜日

【第420回】『一瞬の風になれ 第一部』(佐藤多佳子、講談社、2006年)

 小説というものは、ある面においては、読むシチュエーションによって示唆を受けるポイントが異なるものだろう。他方においては、いつ、どのような状況で読んでも深く感じ入るポイントというものもある。前者は、読み手やその周囲の変化によって変わる部分であり、後者は、読み手が長い間培っている価値観に触れている部分なのかもしれない。

 本書を読むのは三度目である。以前、自分が線を引いている箇所に唸る部分もあれば、そうでないところで味読できる部分もあり、これが本との交わりというものなのではないだろうか。

「新二も走る?」
 連は俺に尋ねた。
 あまりに何気なく聞かれて、一瞬意味がわからなかった。次の瞬間、何か強烈な熱い風を胸に吹き込まれた気がした。
「おう」
 運命のようなものを感じたにしては間の抜けた返事になった。(36頁)

 長年続けてきたサッカーを辞めて、宙ぶらりんな時期を過ごしていた主人公・新二。その親友である連と、体育の授業で50mを一緒に走り、その感覚に心地よさを感じる。その直後に、連から陸上部に一緒に入る提案を受けたシーンである。ここで私が示唆を受けるのは、キャリアにおける意思決定である。キャリア上の意思決定とは、頭で長い間考え続けて論理的に決めるというよりも、それまで漠然と思い、考えてきたことが、ある瞬間に結びつけられて決まるものであろう。それは、後から振り返ると重たい決断であったとしても、そこに至るひらめきのようなものは、あっさりしたものであり、そうしたシンプルな意思決定こそ重要なものなのではないか。

 たとえ、自分のほうがタイムがよくても、チームというのはそんな簡単なものだとは思っていない。でも、遠慮はしない。与えられたチャンスはつかむ。それも、また、チームってもんだから。(69頁)

 チームプレイというものは、スポーツであれ企業であれ、どのような組織でも求められるものである。チームのために尽くすというと聞こえはいいが、チームと妥協する、他者と優しく接する、ということだけで充分ではない。むしろ、チームにとって効果を出せることであれば、遠慮をせずに、自分自身のベストを尽くすこと。多少の軋轢は起きたとしても、長い視野で、チームのことを考えるのであれば、そうした個人という要素もまた、非常に大きなものなのだろう。

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