2015年9月20日日曜日

【第488回】『日本企業の心理的契約<増補改訂版>』(服部泰宏、白桃書房、2013年)

 最近では「採用学」で有名な著者の手による本書は、本格的な学術書である。論旨が明快であり、構造も分かりやすいのに、噛み砕いて理解することが難しいのは、読み手側の理解力の問題であろう。再読して、理解をより深めたいと思うとともに、現時点で理解したこと、あるいは、私にとって切実に関心があったとも言える点を以下に記してみたい。

 ある企業で働き始める際に、私たちは企業と雇用契約を締結する。これはいわば目に見える契約である。それに対して、本書の主たる概念である心理的契約とは、「雇用関係開始後のプロセスに主たる関心をおく」(19頁)ものである。このように、時系列に基づいて対比で捉えると、心理的契約の特色がよく理解できるだろう。

 質的アプローチに基づいて、心理的契約に関する概念を探索的に導き出した上で、著者は、因子分析によって概念整理を試みる。こうして導出された八つの因子に基づいてクラスター分析を行ない、社員が心理的契約をどのように捉えているかを分析している。その結果として、社員は「複数の契約を個別」のものとして把捉するのではなく、複数の契約を「束として知覚している可能性」を指摘している(138頁)。さらには、「自分が組織に対して強く期待している場合には、自分も組織から強く期待していると考える」ものであり、その逆もまた然りであるとする(138頁)。期待度が強いものと弱いものとでそれぞれマッチングしている様は、「雇用関係に欧米型の人事制度が反映されつつある」ことと「日本型人事制度の名残をとどめている」という二つが共存した「ハイブリッド型」の人事制度が生じていると言えるであろう(139頁)。

 続いて著者は、社員が企業に対して抱く心理的契約は、企業からどれほど履行されているのかという問いについて調査・分析している。その結果、社員は「キャリア、配置、業績評価に関わる項目について、組織側の契約不履行を知覚している」という発見事実から、「日本企業が成果主義人事制度の運用面での問題」を反映している可能性を示唆している(153頁)。この問題の可能性をさらに深掘りし、成果主義人事制度を受容しながら、その運用に関して心理的契約の不履行を感じているとしている。つまり、「成績・業績のフィードバック」の不足により「納得のいく成績・業績の評価」が充分でなく、「適切な配置」が実現されていないために、「キャリアの見通し」を立てられていないのではないか、という示唆である(153頁)。

 こうした一連の研究を踏まえた実践的含意として、三点を著者は述べている。第一は、「自社の従業員がいったいなにを期待しているか、それが確実に履行されているのかということを把握する努力が、各企業にとって必要」であること(179頁)。しかし、各社員のニーズは多様であり、それを把握することは簡単なことではない。企業の中に一定程度いる「弱期待型グループの存在」とそうした存在への対応が第二の含意である(180頁)。第三は、心理的契約を踏まえて社員が抱く期待と組織による履行へのギャップの埋め方、つまりは「自己調整のあり方に差がある」という点である(180~181頁)。心理的契約という目に見えないものでありながら、人々が抱く期待に対して、企業がいかに個別に対応するか。つまり、社員を束として捉えるのではなく、個別にいかに制度に適用してきめこまかく対応するか。本書は、日本企業に勤める人事の人間として、大事な指摘を論理的に指摘する貴重な学術書であった。


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