2016年1月17日日曜日

【第539回】『坑夫』(夏目漱石、青空文庫、1908年)

 捉えどころの難しい小説である。漱石は、何を伝えたくて本作を著したのであろうか。テーマが分からないまま最後まで辿り着いてしまったが、テーマが分からないのに読み終えようという気持ちにさせるのは、文豪の類稀な力量に因るものであろう。

 よく小説家がこんな性格を書くの、あんな性格をこしらえるのと云って得意がっている。読者もあの性格がこうだの、ああだのと分ったような事を云っているが、ありゃ、みんな嘘をかいて楽しんだり、嘘を読んで嬉しがってるんだろう。本当の事を云うと性格なんて纏まったものはありゃしない。本当の事が小説家などにかけるものじゃなし、書いたって、小説になる気づかいはあるまい。本当の人間は妙に纏めにくいものだ。(Kindle No. 122)

 こうした人間観に賛成である。性格というと、何か一つの特徴に、人間の存在を集約できるように思えてしまう。しかし、本来、人間は多様な可能性を有する存在である。したがって、あるべき一つの性格に纏められるというのは妄想にすぎない。社会学の基礎的な人間観を理解させられるような至言である。


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