2016年5月28日土曜日

【第582回】『模倣と独立』(夏目漱石、青空文庫、1913年)

 先日訪れた神奈川近代文学館での特別展「100年目に出会う 夏目漱石」にて気づいた読み落としの一冊。勝手ながら、イギリス留学時に、西洋文学の学びと乗り越えにおける苦悩をどのように感じ、どのように昇華しようとしたのかという点で読み解くと興味深い。

 諸君と行動を共にしたいけれども、どうもそう行かないので仕方がない。こういうのをインデペンデントというのです。勿論それは体質上のそういう一種のデマンドじゃない、精神的のーーポジチブな内心のデマンドである。(Kindle No. 285)

 模倣と独立とは、どちらも大事なものであり、一人の人間に二つのものが同居するものであるが、変化の激しい時代においては独立の要素が必要になることが多い。では、独立とは何かと考察した時に、それは外形的なものではなく、内面から自ずと湧き出てくる何かであると著者は述べる。外面ではなく内面であり、強制ではなく自発性という点が指摘されていることに注目したい。

 インデペンデントの人というものは、恕すべく或時は貴むべきものであるかも知れないけれども、その代りインデペンデントの精神というものは非常に強烈でなければならぬ。のみならずその強烈な上に持って来て、その背後には大変深い背景を背負った思想なり感情なりがなければならぬ。如何となれば、もし薄弱なる背景があるだけならば、徒にインデペンデントを悪用して、唯世の中に弊害を与えるだけで、成功はとても出来ないからである。(Kindle No. 379)

 内面から自ずと生じるインデペンデントの精神は、単純なものではない。他者からのフィードバックを受けても、それに対して主張でき得る背景や強い意志とが内包されているからである。反対に言えば、他者からなにか言われて取り下げてしまうようなものは、インデペンデントではないということであろう。では、成功とは著者にとって一体何を指すのであろうか。

 同じ事を同じように遣っても、結果に行って好ければ成功だというが、同じ事をしても結果に行って悪いと、直ぐにあの人の遣口は悪いという。その遣方の実際を見ないで、結果ばかりを見ていうのである。その遣方の善し悪しなどは見ないで、唯結果ばかり見て批評をする。それであの人は成功したとか失敗したとかいうけれども、私の成功というのはそういう単純な意味ではない。仮令その結果は失敗に終っても、その遣ることが善いことを行い、それが同情に値いし、敬服に値いする観念を起させれば、それは成功である。そういう意味の成功を私は成功といいたい。(Kindle No. 411)

 成功とは、結果ではなく行動、behaviourであると著者は指摘している。これは非常に重たい指摘ではないだろうか。私たちはともすると、成功や失敗を結果に関する尺度で画一的に評価してしまう。収入の多寡や、地位や名声の有無によって、ある人物が成功したかどうかを判断するように。しかし、他者から言われたことを糧にしながらも、自分自身の内側から生じてくる想いに基づいてやり遂げようとすること。こうしたインデペンデントの精神の重要性を、一世紀以上も前に述べられていたことに私たちは今一度思い返すことが重要であろう。

【第531回】『私の個人主義』(夏目漱石、青空文庫、1914年)
【第567回】『こころ【3回目】』(夏目漱石、青空文庫、1914年)

0 件のコメント:

コメントを投稿