未完の遺作として有名な本書。漱石の『明暗』を出すまでもなく、偉大な作家の未完の遺作というものは、読者側に不思議な余韻を残すものである。終盤に向かうに連れて、まだ終わってほしくないという欲求が強まってしまうのはしかたがないものであろう。
なだしお事件を彷彿とさせる海難事故が、主人公に影響を与える一つの出来事として生じる。個人的には、なだしお事件が起きた当初は小学生であり、なんとなくの記憶しかないが、自衛隊に対して否定的な報道を多く目にしていたように記憶している。その記憶に合致するかのように、自衛隊員である主人公は、思い悩み、自身を責める。
山崎作品の凄さは、その中で主人公が揺れながらも逞しく生き抜こうとする点である。もちろん、他の作品の中には耐えきれずに自死を選ぶ人物も出てくるが、多くは、苦しみながらも生き抜こうとする。そこに、著者の作品が私たちを魅了する理由があるように思える。
畏れを抱きながらも、揺るがぬ決断がそこから生まれる気がした。(374頁)
絶筆となった第一部が完結する文章である。主人公が、海難事故のショックで辞職を半ば決意しながらも、それに叛意を促すような周囲の働きかけに答え、アメリカでの訓練・研修をまずは受けてみようと決意する姿は清々しい。
【第494回】『白い巨塔(一)』(山崎豊子、新潮社、2002年)
【第799回】『華麗なる一族(上)』(山崎豊子、新潮社、1980年)
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