2014年3月1日土曜日

【第258回】『荀子(上)』(金谷治訳注、岩波書店、1961年)

 性悪説を唱えたと言われる荀子の思想はいかなるものなのか。

 学は何から始まって何に終るか?答え。その手段からすれば詩・書の経典を暗誦することに始まって礼を読むことに終り、その意義からすれば士たるの道に始まって聖人としての道に終る。真に久しく積習努力したならば聖域に入るであろう。学は死ぬまでつづけるべきである。だから学の手段には終りがあるがその意義からすればほんのしばらくでさえ離れられないのである。【巻第一 勧学篇第一・五】(16頁)

 学問に終りはない。学問の手段には終りがあるが、学問の目的や意義に終りはない、と説かれている。終りがないからとあきらめて断念すると、学問の探究は最初に戻ってしまう。そうであるからこそ、学びの有限な手段を組み合わせることで、無限で終りのない学びを続ける原動力となり、新たな学びを生み出すことができるのではないだろうか。このように捉えれば、学問に終りはないという考え方を咀嚼して生きることができるように私には思える。

 好悪取捨についての謀。好ましいものをみれば〔それを取る前に〕必ず前後をふりかえって反対の憎むべきものを熟慮し、利益あることを見れば〔それを得る前に〕必ず前後をふりかえって反対の害すべきことを熟慮し、その両方をよくよく考えたうえでその好悪取捨を定める。そのようにしたなら、いつも失敗することはない。一体人々の悪いことは〔何事につけても〕一方にかたよってそれを損傷することである。好ましいことを見たなら〔それに偏して〕憎むべきものを考えず、利益のあることを見たなら害あることをかえりみない。そのために動作は必ず失敗、仕事は必ず恥をこうむる。これはかたよって損傷することの害である。【巻第二 栄辱篇第四・十三】(50頁)

 ものごとの一つの側面が気になると、ついそちら側ばかりを見てしまう。それが執着心を生み出し、視野が自ずと狭くなってしまいがちだ。その結果として、客観視することができなくなってしまい、簡単な落とし穴にはまって失敗してしまう。荀子は、こうした一般的に起こりやすいことをイメージしやすく指摘した上で、ものごとの両面をバランスよく眺めることを主張しているのである。

 法というのは国家治平の端緒であるが、君子という者はその法の源泉である。従って君子がいれば法令は簡単でも万事よくゆきとどくが、君子がいなければ法令は完備していても施行の前後をとり違え自体の変遷に対応することもできなくて、国家を混乱させるに十分である。法令の意味精神を知らないで法令の条項だけを正しく守っている者は、たとい知識が該博でも実際の事件に対処して必ず混乱するものである。そこで明君は然るべき人物を求めることに努力するのであるが闇君は勢力を得ようと努力する。然るべき人物を求めることに努力すればわが身は安楽で国家もよく治まり功績は大きく名誉もすばらしく、うまくいけば王者、そうでなくとも覇者にはなれる。しかし然るべき人物を得ることにつとめないで勢力を得ようと努力していれば、わが身はつかれ国家は乱れ功績は亡んで恥辱をこうむりついには国運もきっと危うくなる。【巻第八 君道篇第十二・一】(252頁)

 国家を企業に、法を制度に、人物を社員に、それぞれ置き換えてみれば、現代の私たちにもイメージできるものであることが分かるだろう。制度の運用と改善だけに注力するのではなく、その背景や目的を理解し、場合によっては創出することに力を注ぐこと。さらに、そうした背景や目的を踏まえた上で、そこに合致した人材要件を導出して社員を採用・育成すること。こうした地道な努力の積み重ねによって、繁栄する企業を創り上げ、メンテナンスすることができるのであろう。

 他人に仕えてその満足を得られないのは勉励しないからである。勉励しているのに満足されないのは尊敬しないからである。尊敬しているのに満足されないのは忠節でないからである。忠節にしているのに満足されないのは功績がないからである。功績があるのになお満足されないのは徳がないからである。だから〔徳を養うことが根本で、〕徳を持たないもののやり方では、せっかくの勉励も功績も苦労もすっかり水泡に帰する。だから君子はそういうやり方はしないのである。【巻第九 臣道篇第十三・五】(291頁)

 会社に、上司に、他者に評価されない。そうした状況では愚痴を言いたくなることはあるだろうし、他者に責めを帰せるような物言いを私たちはしがちだ。しかし、どれほど努力しても、その源泉に徳がなければ他者から評価されない、とここでは断言されている。徳は一朝一夕で磨くことはできない。日頃の言動の積み重ねが徳を耕すことにつながり、そうしたプロセスを他者から見られることが翻って、他者からの評価に繋がるのかもしれない。


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