2014年3月8日土曜日

【第260回】『「自分ごと」だと人は育つ』(博報堂大学編著、日本経済新聞出版社、2014年)

 現代の日本企業においては十数年前まで主流を為していたものとは異なる新しいOJTが必要だと著者たちは述べている。OJTとはあくまで手法であり、そうした新しい手法が必要とされる背景には、仕事の変化と人の変化が挙げられる。著者たちは端的にその変化を以下の三つ(45頁)にまとめている。

論点① 職場の効率化が進み便利になった結果として、今ある(残っている)仕事の複雑さや難易度が上がった。さらに育成のスピードが早くなった時代に求められる新入社員OJT
論点② 新人(若手世代)の意識が変化した。長い時間を前提として「まずは経験してから慣れて習得する」という意識から、「全体像を先に理解したうえで経験に入る」ことを志向する時代に求められる新入社員OJT
論点③ 新しい業務領域が全社員に同時に降ってきて変化に対応する時代。分かりやすいひとつのロールモデルは存在せず、成長イメージは自己責任で見出す。そのような環境の中で「0から1を生み出す力」が求められる時代の新入社員OJT

 論点①では、アウトソーシングにより定型化された業務が外に出された結果として、企画色が強く、仕事の外郭が分からない新入社員には難易度の高い業務が残りがちという職務の特色の変化が挙げられる。そうした職場に入ってくる新入社員は、情報テクノロジーを駆使する世代であり、検索したりSNSでの集合知を活用することで正解を素早く導き出せるという意識の変容について論点②で述べられる。さらに論点③からは、職務の複雑化に伴って求められる職務要件も複雑化し、断片化した要件に応じたパーツごとのロールモデルを自分から見出すことが求められることが分かる。職務も、人も、求められる要件も、それぞれが変化する。変化し固定しない、というのが時代においては静的で演繹的なOJTから動的で帰納的なOJTが求められるのである。

 新しいOJTの像においては、OJT期間を「任せて・見る」という前半と「任せ・きる」という後半に分けて考えるという主張が本書の要諦である。

 「任せて・見る」では「小さいことからバッターボックスに立つ経験を与える」(71頁)という発想が求められる。そのためには教えるというインプットの比率が高まるが、事前に仕事の全体像を伝え、事後に本人の言動についてフィードバックするという点が重要だ。こうした前半における終了イメージは、仕事の意味を自ら把握し、自分自身の課題に自ら気づこうとする意識を持ち、自身の成長ゴールを設定し課題を強く認識する意識を持っている状態である(99頁)。

 次に、「任せ・きる」では「フリーハンドでやり遂げさせる」経験や「一皮むける経験を用意して与える」という上司や先輩側の職務デザインが重要となる(71頁)。したがって、新入社員に仕事を任せるということが求められるため、新入社員にいたずらに介入せず任せきる「胆力」をも問われることになる(71頁)。

 ここで大事なのは、前半における「任せて・見る」における業務も、後半における「任せ・きる」もそれぞれの時点におけるマジョリティの職務ではないということだ。その目安としては、「任せて・見る」は前半期間の1~2割であり、後半における「任せ・きる」業務は一回の体験であると著者たちは指摘している(75頁)。人材開発の新しい取り組みを現場に導入する際に、ルーティン業務にもそうした要素をすべからく活用すべきと安易に述べるビジネス書が多い中で、このようなバランス感覚に富んだ示唆は貴重だ。

 「任せて・見る」から「任せ・きる」の間にあるギャップを埋めるためには、トレーナー側の意識の変容が重要であると著者たちは述べる。つまり、新入社員が直面する問題を表面的に捉えるのではなく、「目に見えていない原因や陥っている悪循環まで掘り下げる」ことが重要なのである(218頁)。

 新入社員を指導する側に立つトレーナーは、指導すると共に自分自身の業務をも持つ立場であり、ともすると教え上手なトレーナーは優秀な先輩であり業務を多く抱えているという状況は多い。そうした状況においてトレーナーは、つい後輩である新入社員の問題を表面的に捉え、できないことを「〇〇が足りないから」と捉えて「〇〇をするように」という問題の裏返しをアドバイスしてしまう。そうではなく、新入社員が陥っているルートコーズをいかに提示し、腹落ちしてもらうか。変わるのは新入社員であり、トレーナーが変えられると思ってしまうマインドセットをいかに変容させるかが肝要であり、自らが成長するトレーナーと接することで、新入社員も自ずから変容しようとするのである。


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