2014年3月21日金曜日

【第264回】『ノットワーキング 結び合う人間活動の創造へ』(山住勝広/ユーリア・エンゲストローム編著、新曜社、2008年)

 法政大学の石山氏による意欲的な新著(『組織内専門人材のキャリアと学習ー組織を越境する新しい人材像ー』(石山恒貴、日本生産性本部、2013年))で端的に指摘されているように、企業における専門人材には新しい学びが求められている。そうした学びにおいて求められる要素の一つである越境学習を検討する上では、ノットワーキングという鍵概念を理解することが重要だ。

 では、ノットワーキングとはなにか。

 ノットワーキング(knotworking)は、多くの行為者が活動の対象を部分的に共有しながら影響を与え合っている分かち合われた場において、互いにその活動を協調させる必要のあるとき、生産的な活動を組織し遂行するためのひとつのやり方をいう。(ⅰ頁)

 ある場において、多くの行為者が、対象を共有して、活動を行なう。動的に変化する環境の中で、求められる職務要件が変化を遂げる状況において、一人の個人として変化を行ない、他者と共に変化しながら対応を行なう。こうした動きを取る上で、個人がいかに多様な網の目の中の結節点として機能できるか、ということがノットワーキングの重要な要素ということになる。

 活動理論が概念化する「活動」とは、環境の中の「対象(object)」、いわば目的や動機に向かっていく諸行為が連鎖し連関する構造のことである。「活動」とは文化的・歴史的・社会的・制度的に構築される、人間の行為と実践の形態のことなのである。「活動」は、私たちの生活を組織化する。(4頁)

 ここで述べられている活動とは、アクティビティの訳語として用いられる活動とは少し意味合いが異なるようだ。本書における活動とは、様々な文脈における多様な行為を束ねるような結節点であり、方向性を意味するようだ。多様性と統合性とを内包した概念である活動は、私たちの行為の積み重ねによって形成される一方で、翻って私たちの職務や生活における対象を組織化することにもなる。

 エンゲストロームが「アメーバ状」や「野火」と表現しているような拡張的学習の新たな形態は、先に述べた第三世代活動理論が焦点化する「多重化する活動システム」に関わっている。「学び」「遊び」「交流」「仕事」といった活動がハイブリッドに融合し、活動の対象がオーバーラップしていく中で、学習が網の目状につながっていくこと。すなわち、越境する拡張的学習が、そこに生起してくるのである。(38頁)

 従来の学習では、静的な目標や対象が存在し、そこに向けてのプロセスが演繹的に導き出され、各ステップを一つずつこなしていくという単線的なアプローチが適していた。しかし、対象の変容や動的な変容が生じる現状においては、対象自体が多岐にわたり、多様な行為が綯い交ぜになるという複層的でありネットワーク型の学習が求められる。そうした学びにおいては、自分自身がそれまで持っていた学習スタイルをアンラーニングすることによる拡張性や越境するマインドセットが重要なのである。

 本書は、活動システムにおける適応的・流動的・自発的なコラボレーションの創発を促すために、「ノットワーキング(knotworking)」、すなわち「結び目づくり」と名づけることのできる活動の新たな形態やパターンに焦点化し、人やリソースをつねに変化させながら結び合わせ、人と人との新たなつながりを創発していくような活動の水平的なリズム、協働的な生成を考えたものである。「結び目づくり」を意味するノットワーキングという比喩的概念は、集合的活動の創発的構造そのものである。(39頁)

 多様な対象をターゲットにして多様な活動を行なえば、越境や拡張性が自ずと生じるわけではない。いかにして、そうした多様な活動・対象による結節点をデザインするという主体性が重要なのである。さらには、自分自身に閉じた学習からオープンな学習へと自分を開くためにも、人との関係性自体を拡げていくという人間関係の拡張性をも仕掛けることが重要であろう。したがって、個人に閉じた知の蓄積ということではなく、自分が参画する場における知の創発的形成と共有ということがキーになるのである。

 ここで「ノット(knot; 結び目)」という言葉が指し示すのは、次のことだ。それは、行為者や活動システムの間が弱くにしか結びついていないにもかかわらず、それらの協働のパフォーマンスが、急遽、脈打ち始め、分散・共有される、というものである。そのとき、それは、行為者や活動システムが即興的に響き合うようなつながりを創発するのだ。ノットワーキングは、活動の「糸」を結び合わせ、ほどき、ふたたび結び合わせるというように、変化に富んだ「旋律」によって特徴づけられるのである。(40頁)

 紐における結び目は、接着剤によって固着するような強さと固定性とは異なり、弱いけれどもしなやかな連結である。したがって、一方の端が動けば、振動を伴いながら次第にもう一方の端に影響が与えられる。時にはほどけることもあるが、また結び合わせることもでき、変化に富んだ結節点である。こうした柔軟性や変化への対応性という点が、ノットというアナロジーによく表れている。

 ノットワーキングは、実践の現場であたかも「即興を交響させる(improvised orchestration)」かのような協働のパフォーマンスである。それは、実践の現場において瞬時に相互行為の「ノット」(結び目)を紡ぎ出し、ほどき、ふたたび紡ぎ出していくといった協働の微細な律動なのである。(中略)ノットワーキングは人々の現場での差し迫った必要から生成される。それゆえ、人々が越境のパフォーマンスへ動いていく現実的な力の即興と持続をそこに見い出すことができるはずである。ノットワーキングという水平的運動は、人々の拡張的なつながり合いを脈打たせるのだ。(49~50頁)

 ここで注目したいのは、ノットワーキングは学び自体を目的にしたものではなく、新しい学びや働き方が求められる状況において即興的に発揮されるものであるという著者の指摘である。したがって、その場に参画する各主体が、相手の動きに合わせ、また相手の動きを促すというインプロヴィゼーションのような動きが生まれる。そうした生み出される多様な結節点がノットワーキングの要諦であり、その結果として一対一ではなく多対多という動的な拡張性が生み出されるのである。

 それは活動をコントロールする単一の中心が不在であることによっても特徴づけられる。(中略)ノットワーキングは、生活活動の現場に分散している人々の多様な「声」(ものの見方や立場、生活様式)に応答し、互いの経験を共有していくような協働の語り合いを通して、ボトムアップの集合的な意味生成を実行していくことなのである。(50頁)

 多対多という動的な拡張性が生み出される関係性においては、ボトムアップでの場における知の蓄積と生成が為されることとなる。したがって、そうした動的な知識創造が為されるためには、多様なメンバー間における信頼構築や、相手に委ねられるという度量が求められることになるのであろう。


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