仕事自体が「良いもの」であれば、人々は働きがいを感じながら働くことができる。仕事の特性を捉えるモティベーション理論であるハックマン=オルダムの職務特性理論を用いれば、モティベーションを高く保ちづらい職務というものはたしかに存在する。しかし、そうした特性をもった職務であっても、たとえば、たのしみながら顧客に貢献して働く方も実際には存在する。つまり、どのような職務であっても、自分自身で働きがいを創りながら働くことはできるのではないか。こうした問題意識を持って、キャリア意識を説明変数に、モティベーションを従属変数として設定した半構造化インタビューとアンケート調査による質的研究を行った。その結果、仕事をどのように意味付けているかが仕事に対するモティベーションに影響を与えることを明らかにした。仕事の意味付けとは、過去の経験をどのように意味付けているか、成長感や達成感をどのように仕事の中で意味付けているか、将来のキャリア展望をどのように現在の仕事に意味付けているか、という時間軸から構成される。これが、2009年の7月に前期博士課程論文として上梓した学位論文の要約である。
当時は、修士課程の学生でありながら、新卒で入社したコンサルティングファームでの業務と大学の研究員とを兼務していた。その半年後にキャリアチェンジをしてIT系のベンチャーで教育担当を約三年間、次に製薬企業での教育担当を二年半経験し、本年一月からHRBP(HR Business Partner)へと異動した。
新しい役割を担う中で、以前の私の研究内容であるキャリアについて意識が向かっている。過去の自分自身の研究内容は今でも納得的であり、実際に、前職から現在の企業における教育担当として拠り所となるものであった。そういった意味では学位論文における実践的含意で述べたように、企業実務においても役に立つ研究内容であったと自負している。しかし、それとともに物足りない部分が大きくなってきたことも事実である。具体的に言えば、行動変容までを射程範囲に置いていない部分である。企業実務に携わると、意識が一時的に変わってもそれが定着することなく行動変容まで至らないケースを目の当たりにすることが多い。それを「スタッフ部門としてはやることをやった、あとはライン部門の仕事である」ということは容易いが、それは果して誠実な態度と言えるのであろうか。私自身はもっとできると考えるため、改めて、キャリアを考え、行動変容をどのように捉えるかを、いくつかの書籍を紐解きながら仮説構築を行なおうと考えたのである。
現代は、変化の激しい時代であるとよく言われる。そうした時代におけるキャリア理論においては、以前の時代における予定調和的で静的なキャリアゴールからアクションプランを落とし込むというアプローチは適していない。むしろ、自分自身が大事にする価値観を重視しながら、それに囚われず、自身の新たな気づきを促していくということが強調される。こうした考え方は、安冨(2014)が指摘する論語における学習回路を開くという考え方と近しく、旧くて新しいパラダイムであると言えるのではないか。この着想を具体的に肉付けしていくために、三つの主要な著作を見ていく。
まずクランボルツ+レヴィン(2005)のハプンスタンス・アプローチの特徴は、従来のキャリア理論が前提にしていたあるべき将来像からのカスケーディング・ダウンを否定している点にある。計画を立てることを否定するのではなく、「計画に固執するべきではない」(2頁)という考え方だ。計画に固執せず、外部の変化に対応するためには、自分自身が現時点で想定する「夢を実際に試」すという発想が大事になる(54頁)。つまり、自分の思い描く夢に自分自身を全て委ねるのではなく、少し試してみて、その上で違えば修正を行う。こうした試行錯誤の繰り返しが、思いがけない幸運を招いたり、仕事や生活をよりゆたかにするきっかけになる。
この夢を試すという発想はイバーラ(2003)とも通底するものである。キャリアをすすめるということは、仕事や経験の連なりをデザインするのみならず、自身の「キャリアアイデンティティーを修正すること」(20頁)である。キャリアアイデンティティーを構成するものは、むろん自分自身の過去の経験や現在の価値観であるが、それと共に「将来にも存在する」(64頁)ことに着目するべきである。したがって、未知のものへの気づきや自己変容を促すためには、「さまざまなことを試み」、「人間関係を変え」、自分自身の大きな変化を「深く理解し納得」することが重要だ(40頁)。とりわけ、いきなり職務や職場を変えるということではなく「試す期間の行動を通じて、漠然とした可能性が具体的な選択肢へ変わり、それを評価できるようになる」(35頁)ことに留意するべきだろう。
オープンな態度の重要性は花田(2013)にも共通する考え方であり、過度に現在の自分に囚われない姿勢を「オープンマインド・アンラーニング」(109頁)という言葉で端的に示す。オープンマインド・アンラーニングとは、自分自身を開きながら、自分自身で意識を持って学習し続けるということである。したがって、人材マーケットやスキル・スタンダードに即した標準化を目指すのではなく、「個性化」(50頁)こそが現代を生きる私たちに必要な考え方である。具体的には、「標準、決められた役割発揮、基礎の状態、自分の中にある標準の発揮という視点からの脱皮・脱却」(50頁)が求められている。そのためには、開かれた態度を持ちながら現時点で「自分の興味ある関心事項を日常業務に反映・発揮してみる」(177頁)という職務におけるストレッチングが重視される。
こうした「学習回路を開く」タイプのキャリア理論は、私の2009年当時の問題意識とどのように対応するのか。今・現在における仕事を意味付けることの重要性は変わらないであろう。しかし、一度意味付けたものに拘らず、関わる他者やコミュニティに対してオープンであり、仕事の意味付けを更新し続けることが求められると言えるのではないか。そのための行動の有り様としては、自分自身で学んだり、上司から学ぶといった従来の職場での学びを開くことが必要だ。具体的には、職場の多様な他者から学ぶ、コミュニティを構築しながら学ぶ、他者からの支援を自分から取りに行って学ぶ、という三つが仮説として考えられる。
第一の職場の多様な他者からの学びについては、中原(2010)に詳しい。同書の中では、「若手の成長を考える上で重要なことは、職場の上司や上位者だけが単独でそれを担えるわけではない」(105頁)とされる。つまり、OJTにより上司から、OFF-JTにより教育担当者から、といった特定の役割を担う他者が教育を担当するという従来の職場での学びからの視座の転換が指摘される。それと共に、他者からの支援行動として「業務支援」「内省支援」「精神支援」(47頁)の三つが明らかにされ、各ステイクホルダーにより異なる支援の種類によって若手社員が能力向上することを明らかにしている。したがって、育成責任を上司に委ねるのではなく、職場全体として、若手社員の育成を多様な主体が担うことが有効であるとともに、現実的でもあろう。
こうした職場における学びには、職場の風土も影響する。中原(2012)が指摘するように「変化に対して柔軟にかつオープンに対応し、革新が公式に奨励・承認されるような場所」であると「他者から様々な支援を受けるニーズが生まれやすい」状況となり、社員一人ひとりの「能力向上につながりやすい」だろう(151頁)。
第二のコミュニティを構築しながら学ぶという観点は、石山(2013)が先行研究を踏まえながら「実践共同体への越境」(82頁)と名付ける行動に端的に現れる。越境学習と呼ばれる領域においては、学習行動は、決められたものを決められた方法で学ぶというようには捉えられない。そうではなく、「相互作用として常に変化する、個人と共同体の社会的実践のあり方」(85頁)というダイナミックな学習観を取ることに着目すべきであろう。このような動的な学習パラダイムに基づけば、ビジネス書を読んで粛々と努力したり、上司からのOJTを待ってから仕事に取りかかる、といったものが機能しなくなっていることは自明であろう。閉じられた環境の中で学びの機会が訪れるのを待つのではなく、「社会的実践の中で、仕事自体が不確定に揺れ動き変化していくもの」である現実を鑑みると、「水平的に多様なメンバーと交流していくこと、すなわち越境が避けられない行為」となる(95頁)。越境学習とは、単なる名刺交換会のようなものでは実現しない。コミュニティにおける気づきを自分自身への学びへと繋げるためには「往還と内省」(99頁)という主体的な意味付けのプロセスが必要不可欠なのである。
第三の仮説として示した他者からの支援を自分から取りに行って学ぶという観点については、研究の蓄積がそれほど為されていないようだ。クランボルツ+レヴィン(2005)が「励ましを与えたり受け取ったりする」(113頁)方法として挙げている以下の三点が参考となるだろう。
(1)あなたを助ける立場にある人々の目に止まるようなやり方で仕事をやる。
(2)自分の恐れや希望、夢について他の人に話す。
(3)他の人の希望や恐れに耳を傾け、必要とされるときにはーー場合によっては頼まれなくてもーー積極的に支援することで、他者の人生に対する興味や関心を示す。
キャリア意識を開かれた状態にしながらキャリア自律をすすめることが、他者や組織に対する行動変容に繋がる。鈴木(2013)も示唆するように「「私」を活かすことによって、そこに自己と他者のコミュニケーションが生まれ、それにより他者への関心が増す」ことが職場という「公共の領域を広げることにつながる」のである(57頁)。それと同時に、キャリア自律とオープンな行動には「逆転共生」(215頁)関係が生じるとも考えられるのではないか。つまり、キャリア自律とオープンな行動とは、それぞれが機能する程度が存在する一方で、一方が強すぎると他方が疎外される可能性が存在するのである。こうした点に留意しながら、実務において、「学習回路を開く」オープンマインドに基づくキャリア意識と、日常における行動、とりわけ先行研究の蓄積が少ない他者からの支援を引き出す行動との関係性に焦点を当てて、実務に携わりながら考えをすすめていきたい。
<参考文献>
ハーミニア・イバーラ(2003)『ハーバード流 キャリア・チェンジ術』翔泳社
J・D・クランボルツ+A・S・レヴィン(2005)『その幸運は偶然ではないんです!』ダイヤモンド社
中原淳(2010)『職場学習論』東京大学出版会
鈴木竜太(2013)『関わりあう職場のマネジメント』有斐閣