2015年5月5日火曜日

【第440回】『「孫子」の読み方』(山本七平、日本経済新聞社、2005年)

 孫子と言うと兵法というイメージがあるし、実際にそうした内容も含まれている。しかし、本書を読むことで、孫子は、戦争を一つの最終的な手段にすぎないものとして述べた書籍であることがよくわかる。

 [このような訳で百戦百勝しても、それは自国と自軍を損傷させるから、最上の方法ではない]敵と戦うことなくして、計略をもって敵の兵を屈服させることが最上の方法である。それゆえ、敵と戦うに際し取るべき最上の戦術は、敵のはかりごとを未然に挫折させることである。(63頁)

 この部分に関してはクラウゼビッツを彷彿とさせる。戦争とは、あくまで外交の手段であり、それに頼る時点で既に上策ではないことを私たちは強く意識するべきである。

 「形」を外的静的量的とすると「勢」は内的動的質的で両者は密接に関連しており、この二つが逆転したのが「形勢逆転」である。そして大体、「形が変わると勢もかわる」と見てよい。(91頁)

 形と勢とをここまで対比的に特徴づけて説明しているのは大変興味深い。とりわけ「形が変わると勢もかわる」という部分は面白い。組織論で言えば、組織デザインを変えることによって、組織行動が変わるというように解釈することも可能であろう。飛躍を恐れずに書けば、マインドセットを変えたり人間の行動を変えようと研修やトレーニングを導入するのは勢に関する議論であろう。それをワークショップと呼んでも同じだ。しかし、勢は形と結びついてはじめて変容を為せるものであり、仕事のデザインや組織のデザインといったものとセットでなければなにも変わらないのではないか。研修を受けたり、ワークショップに参加してやる気になっても、それが維持しないのは、形の変容が為されないからである。

 決断とは「形」を決定すること、それによって「勢」が生ずるのである。(103頁)

 したがって、組織を変える意思決定を行なう組織のトップは、それによって人々の行動の拠り所となる戦略を立てておく必要がある。不要な組織変更は、人々を不要に混乱と困惑させるだけである。

 「歴史の教訓」はあくまでも「教訓」であって、同じことが再現すると思ってはならないし、現状が半永久的に固定すると思ってもならない。そのため、常に正確な情報を獲得し、組織はあくまでも柔軟にし、運用は常に新しい情勢に対応したものでなくてはなるまい。そのすべての動き方は、『孫子』の言う「水の流れ」のように、自己を規制して来る外部の変化に対応していなければ、新しい危機に自ら落ち込むであろう。(116頁)

 もちろん歴史の重みが薄れるということを著者は述べているわけではないだろう。しかし、私たちが重視すべきなのは、状況の変化である。外的な状況の変化は形の変化であり、それに応じて勢を変えるべく内的な変化を自ら仕掛けていくこと。こうした内的なダイナミクスを通じて、自らを変容させることが私たちにとって必要不可欠なのではないだろうか。


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