3・11以降の東北が、リーダーシップやイノベーションといった文脈でなぜ注目され続けているのか。HBSという世界標準で分かり易い存在が東北で活動してきた様子が描かれることでその理由の一端がつまびらかにされている。
そもそもなぜHBSは東北で活動を始めたのか。その背景には、HBSが従来行ってきた教育に対する自戒の精神で、教育方針を変えたという文脈に東北というフィールドが合致したようだ。
これまでの教育は、事実、フレームワーク、理論を教えて「知識を増やす(knowing)」ことに重点を置き過ぎていた。よりスキルや能力の開発につながるような「実践(doing)の場」を増やし、またすべての行動のベースとなる自身の価値観・信念の認識を深める「自分が何者であるかを知る(being)教育」を行っていかなければいけない、という結論である。つまり、これまでは頭ばかり動かしていたが、これからは実際に体も動かし、そして心を豊かにしていく。頭と体と心のバランスをとる教育をしていかなければいけない、問いう決意表明だ。(27頁)
何をいまさらとバカにしてはいけない。数年前に注目されたサンデル教授の授業はハーバードで行われていたものであり、ハーバードは、実務能力を高める教育ばかりに傾注してきた大学ではない。時代や環境に合わせて自らを否定しながら、教育を変えていく姿勢は素晴らしいものであり、こうした態度自体から私たちが学べることは多いだろう。
HBSの崇高な自戒の精神から生み出されたものの一つがMBA2年生向けのフィールドプログラム「Immersion Experience Program」(以下「IXP」)である。世界各地でIXPに適したフィールドを選定し実施している中で、東北でのIXPは五年連続の開催、加えて定員枠を上回る参加にまで至ったという。IXPとしていくつか訪れている町の中でも、参加者の関心が高い地域の一つが女川だ。
ジャパンIXPが開講されて以来、HBSが毎年訪問している宮城県女川町。最も被災率が高かったにもかかわらず、復興のスピードは早い。その背景には、官・民・NPOという分野のそれぞれに変革のリーダーがいたことや、彼らが協同して町づくりを行ったこと、そして主婦から中学生、女川の外からやってきた人までみな新たなチャレンジをする気概や実行力を持ち各分野でリーダーになっていたことなど複数の要素がそろったことがある。(196頁)
リーダーシップは一人の突出したリーダーが発揮することで力を出せるものではない。各人のそれぞれの役割の中でのリーダーシップ行動が影響を与え合って、一つの組織なり地域なりで傑出した成果を出せるものであろう。とりわけ、女川ではいわゆるよそ者を受容し、オープンな変革のうねりを作り出してきたという側面も強いようだ。そうしたリーダーの一人である元リクルート社員で震災後に地元・宮城に復興支援のために戻り、女川に留まることになった小松洋介氏の言葉が興味深い。
自分のミッションは、町の再生を通じて日本を変えること。女川での経験は、ほかの地域でも必ず生きる。この数年は自分への投資だと思っています。だから給料のことはまったく気にしていません。(203頁)
きれいごとのようにある地域へのコミットメントを言うことは容易い。しかし、より広い地域・社会へ関与しようとするコミットメント、自分自身の価値観へのコミットメントといった複数の軸と地域へのコミットメントが合わさることが原動力の重要な要素になっているのではないだろうか。
【第605回】『人生の折り返し地点で、僕は少しだけ世界を変えたいと思った。』(水野達男、英治出版、2016年)
【第579回】『これからの「正義」の話をしよう』(マイケル・サンデル、鬼澤忍訳、早川書房、2010年)
【第579回】『これからの「正義」の話をしよう』(マイケル・サンデル、鬼澤忍訳、早川書房、2010年)
0 件のコメント:
コメントを投稿