芥川があまりに早い自死へと到る最晩年の五年間におけるエッセイを集めたものが本書である。以下では、表題にもなっている「芭蕉雑記」「西方の人」の二つのエッセイについて私の所感を記していく
まずは「芭蕉雑記」について。
芭蕉の語彙はこの通り古今東西に出入している。が、俗語を正したことは最も人目に止まりやすい特色だったのに違いない。また俗語を正したことに詩人たる芭蕉の大力量も窺われることは事実である。(18頁)
松尾芭蕉の特徴の一つとして、彼の生きた時代では俗語と見做されていた言葉を巧みに用いた点が挙げられている。
白楽天の『長慶集』は『嵯峨日記』にも掲げられた芭蕉の愛読書の一つである。こういう詩集などの表現法を換骨奪胎することは必ずしも稀ではなかったらしい。たとえば芭蕉の俳諧はその動詞の用法に独特の技巧を弄している。(30頁)
芭蕉は、俗語を俳句に用いただけではなく、中国の古典からも学んで活用したと著者は指摘している。具体的には、以下に述べる、あまりに有名な俳句もそうであったようだ。
閑さや岩にしみ入る蝉の声(30頁)
次に「西方の人」について見てみよう。
クリストは第一にパンを斥けた。が、「パンのみでは生きられない」という注釈を施すのを忘れなかった。それから彼自身の力を恃めという悪魔の理想主義的忠告を斥けた。しかしまた「主たる汝の神を試みてはならぬ」という弁証法を用意していた。最後に「世界の国々とその栄華と」を斥けた。それはパンを斥けたのとあるいは同じことのように見えるであろう。しかしパンを斥けたのは現実的欲望を斥けたのに過ぎない。クリストはこの第三の答の中に我々自身の中に絶えることのない、あらゆる地上の夢を斥けたのである。この論理以上の論理的決闘はクリストの勝利に違いなかった。(107~108頁)
聖書におけるキリストの言動の意味がよく分からず、聖書は難しいと感じてきた。しかし、著者が述べるように、そうした彼の一見して矛盾していたり一貫していない言動を弁証法のアプローチとして認識すれば把捉できることもある。彼が何を結論として述べたり行動したりしたというよりも、弁証法のアプローチにこそ、キリスト教の深みはあるのではないだろうか。
我々は唯我々自身に近いものの外は見ることは出来ない。少くとも我々に迫って来るものは我々自身に近いものだけである。クリストはあらゆるジャアナリストのようにこの事実を直覚していた。花嫁、葡萄園、驢馬、工人ーー彼の教えは目のあたりにあるものを一度も利用せずにすましたことはない。「善いサマリア人」や「放蕩息子の帰宅」はこういう彼の詩の傑作である。抽象的な言葉ばかり使っている後代のクリスト教的ジャアナリストーー牧師たちは一度もこのクリストのジャアナリズムの効果を考えなかったのであろう。(114頁)
真のジャーナリストとは、宗教の創始者なのかもしれない。聴衆に合わせて巧みにアナロジーを用いて、相手に分かるように自身の思う真実を伝える存在をジャーナリストと呼ばずして、いかに形容できるだろう。
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