2014年10月12日日曜日

【第356回】『人事管理入門』(今野浩一郎・佐藤博樹、日本経済新聞社、2002年)

 人事管理というともすると漠然としたイメージを持つ概念に関する入門書として非常に適した書籍である。まず、人事管理の役割とは何かについて冒頭で説明がなされている。

 人事管理の基本的な役割は、組織あるいは部門が行う「ヒトを調達する」「ヒトを活用する」といった経営活動が、「組織あるいは部門の目標」を達成する方向にむかって効果的に行われるように、また、それが少ない費用で効率的に行われるように管理することにある。(4頁)

 簡潔にして明瞭な定義である。着目すべき点は、「人」の「事」を扱うことは手段であり、目的は組織や部門の目標を達成するためのものである、という点であろう。次に、こうした役割に向けた具体的な目標について見てみよう。

 人事管理には2つの目標がある。ひとつは、前述の定義にしたがって、効率的・効果的な「ヒト」の調達と活用によって、組織あるいは部門の「いま」の生産性の向上をはかることである。(中略)
 変化の激しい市場のなかで企業が成長し存続するためには、変化への対応力をもつこと、つまり「有能な人材」を内部に蓄積しておくことが不可欠である。それは人材面のインフラを整備することであり、それが人事管理の第2の目標(あるいは長期の目標)になる。(4~5頁)

 第一の目標が現在の経営活動に関するものであるのに対して、第二の目標は中長期的な経営活動に関するものである。つまり、こうした現在の時点と将来の時点との双方を見据えることが求められるのである。現在と将来における経営行動を結びつけるために日本企業が行なっている組織づくりの特徴として、著者は二点を挙げられている。

 第1に、現場の従業員は「与えられた仕事を決められたように遂行する」ことを基本的な役割としているが、それを超えて「仕事の仕方」を変える権限も与えられている。第2に、その背景には、「改善すべき点を最もよく知っているのは、その仕事に従事している現場の従業員なので、その知識と能力を活用することが効果的な方法である」し、しかも「そうすることによって、高い労働意欲を引き出せる」という経営思想がある。(35頁)

 欧米諸国における企業では、工場の現場のラインには学卒がいないと聞いたことがある。もしそうだとしたら、日本の工場現場におけるカイゼンをはじめとした強みは諸外国からは信じられない現象として映ることにも納得がいく。現場判断の重視や尊重により、現場が仕事をしかたを柔軟に変えられる制度上の冗長性が、日本企業の現場力を支えているとも言えるだろう。

 企業はまず、賃金や退職金などの個々の要素の前に、労働費用全体を支払い能力に見合った適正な水準に決定し、管理することから始める。そのための代表的な管理指標が労働分配率(付加価値に対する労働費用の割合)と売上高人件費比率(売上高に対する人件費の割合)である。適正な総労働費用はそれぞれ「付加価値×適正な労働分配率」「売上高×適正な売上高人件費比率」によって決定されるが、「適正な」水準を見極めることは難しい。(中略)
 この2つの指標のなかで、とくに労働分配率の考え方が重要である。付加価値は経営活動が生み出した価値である。(中略)労働者に配分される部分が労働費用であり、付加価値に対する労働費用の割合が労働分配率になる。(164頁)

 報酬管理における基礎的な考え方について、簡潔にまとめられている。むろん、競合や人材市場との兼ね合いで、こうしたセオリーと外れた運用を行なう必要性あることも事実であるが、基礎は基礎として心に留めておきたいものである。


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