消費欲望や権威といった実体に還元して理解しようとするとある種の迷路に足を踏み入れることになる。ブランド価値はそれらに還元しえない「何か」だと考えるしかない。(12頁)
需要の主体たる消費者のニーズや、供給の主体たる企業による権威価値といった実体に還元しえないもの。しかし、そこにたしかに存在する価値を、著者はブランドの定義として用いている。ではその内実はいったい何か。著者の論旨を追っていきたい。
まず著者は、技術軸と使用機能軸との二つの軸によって、ブランドのタイプを四つに分けている。以下の図2-1(43頁)をご覧いただきたい。
ここで重要な点は、ブランドのタイプに応じて、いかにブランドをマネジメントするかという戦略および組織形態が異なることである。以下の表2-1(65頁)には、具体的な事例とともに説明が為されている。
図2-1の四象限の左下である製品指示型がいわゆるプロダクト・マーケティングであるのに対して、右上のブランドネクサス型が狭義のブランド・マーケティングである。その間に位置する技術ネクサス型と使用機能ネクサス型と合わせて、対応すべき組織マネジメントが異なることに留意したい。
ブランドという実体のない概念を象り、そのマネジメントのあり方を論じた後に、著者はブランドという概念に共通する特徴について論を進める。
ヘーゲルの主人と奴隷の弁証法にしたがえば、主人が奴隷の労働に依存しているということを認識させられたときに、主人は主人でなく、奴隷は奴隷ではなくなる。主人は奴隷によって主人だと思われているからこそ、主人であり続ける。しかしこれは、「みんなが一斉に「そうではない」と思えば、そうではなくなる」という関係である。そうした関係は共同幻想と名で呼ばれる。
ブランドも、そう理解される場合が少なくない。だれかが「その意味世界は幻想だ」と気がつけば、一瞬にしてなくなってしまう世界だと思われることがある。あるいは、「みんながいいというから、みんなが憧れるから、そのブランドがある」という群集心理のようなものだと理解されるときもある。(135頁)
著者が正反合による弁証法というアナロジーを用いているのは、ブランド価値というものが供給主体と需要主体との共同作業によって形成されるからであろう。したがって、企業が自社のブランド価値を高めようとする際には、自分たちが何を為すかという観点と共に、消費者のリアクションをも合わせて検討する必要がある。そうしたインタラクションを効果的に起こすために有効なのが図2-1で述べた四つの象限に応じた対応である。
ブランドがその価値を深化させる契機は、同時にブランドがその価値を喪失する契機でもあることに十分注意しなければならない。それこそが、「命がけの跳躍」の本質である。そして、いったんブランドがその価値を喪失しはじめれば、「ブランドと製品との支え支えられる構造」はそれを押しとどめる歯止めにはなりそうもない。「支え支えられる構造」は相互に支えあうかぎり、好循環するかぎりにおいて、威力を発揮するのであって、その構造じたいを支えるテコとなるようなものではない。逆に、支え支えられる構造が悪循環となって、ブランドの構造をそしてブランドの価値をとめどもなく崩壊させていくことにもなりかねない。(164頁)
需要側と供給側の共同作業によってブランド価値が変化するということは、上昇スパイラルが存在することと同時に下降スパイラルが存在することをも含意する。つまり、供給側として有効と考えた施策がブランド価値を毀損することもあるのである。だからこそ、ブランド・マネジメントは難解であり、以下のように著者は述べる。
包括性の論理と差異性の論理との矛盾が、ダイナミック・ブランド・マネジメントにはつねに影を落としていることである。徹底してブランドとしての包括性が追求されているように見えたとしても、それは、差異性の論理を苦労しながら隠蔽している結果である。同じように、差異性を徹底して追求しているようでも、その背景には常に包括性の論理が控えている。ダイナミック・ブランド・マネジメントの核心は、包括性と差異性のどちらかの道を、いわば、「大地を堂々と危なげなく歩く」というより、「どちらに転ぶかわからない屋根の上を不安げに歩く」という形容があたっている。(中略)二つの論理のどちらをとるかという問題には、奇妙なことに、根拠ある解はなく、つねに揺れ動く可能性を抱えているのである。(169頁)
ブランド・マネジメントの難しさをイメージするには、人気の盛衰が早くダイナミックである芸能人を想起すれば良いだろう。そうすると、長期間にわたって、多様なグループのブランド価値を向上させている秋元康氏から、ブランド・マネジメントを学ぶことが有効と思えるのは論理の飛躍であろうか。
Walter Isaacson, “Steve Jobs” (again)
『経営戦略の論理(第4版)』(伊丹敬之、日本経済新聞社、2012年)
『戦略不全の論理』(三品和広、東洋経済新報社、2004年)
『イノベーションのジレンマ』(クレイトン・クリステンセン、翔泳社、2001年)
『経営戦略の論理(第4版)』(伊丹敬之、日本経済新聞社、2012年)
『戦略不全の論理』(三品和広、東洋経済新報社、2004年)
『イノベーションのジレンマ』(クレイトン・クリステンセン、翔泳社、2001年)
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