2015年8月8日土曜日

【第469回】『舞姫』(森鴎外、青空文庫、1890年)

 余が幼き頃より長者の教を守りて、学の道をたどりしも、任の道をあゆみしも、皆な勇気ありて能くしたるにあらず、耐忍勉強の力と見えしも、皆な自ら欺き、人をさへ欺きつるにて、人のたどらせたる道を、唯だ一条にたどりしのみ。余所に心の乱れざりしは、外物を捨てゝ顧みぬ程の勇気ありしにあらず、唯外物に恐れて自らわが手足を縛せしのみ。(Kindle No. 92)

 幼少の頃より天才の誉れの高い主人公。天才ゆえの苦悩に関する著者の表現が印象的である。傍からは悩みなどなさそうに見え、順風満帆に生活やキャリアを送っているような人間であっても、その人なりに悩みはつきものなのであろう。

 恥かしきはわが鈍き心なり。余は我身一つの進退につきても、また我身に係らぬ他人の事につきても、決断ありと自ら心に誇りしが、此決断は順境にのみありて、逆境にはあらず。我と人との関係を照さんとするときは、頼みし胸中の鏡は曇りたり。(Kindle No. 353)

 順境で決断を下す能力と、逆境で決断を下す能力とは、異なるものなのであろう。順境では、予定調和性の高い状況に対して合理的な最適解を導いて判断することは可能であろう。しかし、変化が激しく予定調和性の低い状況においては、そうした判断では対応することが難しく、非連続な決断が求められる。順境において判断を論理的に導き出せる人物こそ、逆境の中で決断を下せない自分に対して、苦しみを感じるものなのかもしれない。こうした順境における優秀な人物の、逆境における苦しさの吐露が、著者ならではの表現で為されているシーンである。


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