2018年8月14日火曜日

【第865回】『人工知能は人間を超えるか』(松尾豊、KADOKAWA、2015年)


 人工知能は流行の概念であり、ともするとビッグワードにすらなりかねない、それだけの可能性を有している。ビッグデータ、機械学習、ディープラーニング、ロボティクス、といった近接概念との包含関係や相違を理解し、人工知能のそもそも論を平易に解いてくれるありがたい入門書である。

 囲碁は、将棋よりもさらに盤面の組み合わせが膨大になるので、人工知能が人間に追いつくにはまだしばらく時間がかかりそうだ。人間の思考方法をコンピュータで実現し、人間のプロに勝つには、第5章で出てくるような特徴表現学習の新しい技術が何らかの形で必要だろう。(80頁)

 この箇所は二つの意味で興味深い。

 第一に、著者の予測よりも早く、本書の発刊から二年後の2017年にAlphaGoがトッププロを破った事実は、人工知能の進展の速さを物語るものであろう。

 第二に、「特徴表現学習の新しい技術が何らかの形で必要」という著者の指摘は、ディープラーニングに基づく人工知能同士の膨大な対局で能力を向上させたAlphaGoの出現を正確に予測していたという点である。

 では、人工知能の技術向上を飛躍的に実現するディープラーニングとは何か。人工知能関連の書籍を数冊読んでも理解しきれていなかったが、以下の箇所は概念的に理解がしやすい。

 ディープラーニングは、データをもとに、コンピュータが自ら特徴量をつくり出す。人間が特徴量を設計するのではなく、コンピュータが自ら高次の特徴量を獲得し、それをもとに画像を分類できるようになる。ディープラーニングによって、これまで人間が介在しなければならなかった領域に、ついに人工知能が一歩踏み込んだのだ。(147頁)

 特徴量とは、意訳を恐れずに記せば、ある事象の善悪を判断する根拠の捉え方、のようなものである。囲碁に置き換えれば、ある局面の優劣をどのように捉えるか、膨大な可能性のある次の一手の価値判断をどのように置くか、ということである。

 こうした価値判断は、将棋のソフトでもそうであったように人間が介在する余地がこれまではどうしてもあった。だから、著者は囲碁のソフトがトッププロに勝つにはまだ時間がかかると考えていたのであろう。

 しかし、ディープラーニングという技術は、人間業の要素が強かった特徴量の設計を自ら行えるようにしたのである。そして、AlphaGoは、ディープラーニングの技術どうしの相互フィードバックによる特徴量設計能力の向上を実現した。

 では、どのようにコンピュータは、特徴量の設計能力を身につけたのか。

 特徴量や概念を取り出すということは、非常に長時間の「精錬」の過程を必要とする。何度も熱してはたたき上げ、強くするようなプロセスが必要である。それが、得られる特徴量や概念の頑健性(ロバスト性とも呼ぶ)につながる。そのためにどういうことをやるかというと、一見すると逆説的だが、入力信号に「ノイズ」を加えるのだ。ノイズを加えても出てくる「概念」は、ちょっとやそっとのことではぐらつかない。(168頁)

 ある概念を捉えるために、その概念自体を学ぶだけではなく、ノイズを加えるという点が興味深い。たしかに、私たち人間もある概念を理解するためには近いが異なる概念との対比による経験が寄与するものである。

 たとえば、虫好きな少年であっても、蜘蛛は昆虫ではないと親から指摘されると、昆虫とは何かという理解が飛躍的に進む。ビジュアルやサイズだけで感覚的に捉えるのではなく、定義を明確に理解し、それに基づいた判断ができるようになる。

 こうして人間が固有のものとして持っていたはずの能力を人工知能が身につけていく現代および未来において、私たちはどのように対応すればいいのか。著者の具体的なアドバイスを最後に引用する。

 短期から中期的には、データ分析や人工知能の知識・スキルを身につけることは大変重要である。ところが、長期的に考えると、どうせそういった部分は人工知能がやるようになるから、人間しかできない大局的な判断をできるようになるか、あるいは、むしろ人間対人間の仕事に特化していったほうがよい、ということになる。
 さらに忘れてはならないのが、人間と機会の協調である。(中略)人間とコンピュータの協調により、人間の創造性や能力がさらに引き出されることになるかもしれない。(232~233頁)

【第739回】『人工知能の核心』(羽生善治・NHKスペシャル取材班、NHK出版、2017年)
【第738回】『人工知能はいかにして強くなるのか?』(小野田博一、講談社、2017年)
【第735回】『人工知能はどのようにして「名人」を超えたのか?』(山本一成、ダイヤモンド社、2015年)

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