2014年8月23日土曜日

【第327回】『韓非子』(西野広祥+市川宏訳、徳間書店、2008年)

 中国の古典思想が面白い。ここ数年、そうした書物やその解説書を下手の横好きで読み続けている。まだ読めていなかった韓非子を、今回は取りあげる。まず、韓非子とはいったいどのような書物なのか。

 ーーひとりの人間が絶対的な権力者となるには、どうすればよいか。
 韓非はこれをテーマに、君主に訴えかけた。その答えは法(機構)の確立であり、その運営のための徹底した人事管理であった。これあってこそ、君主の個人的徳に頼らぬ「現代的」統治が可能となる。これが富国強兵を実現し、戦国の乱世を収束する唯一の道であると韓非は主張したのである。(33頁)

 乱世を治めて平和を実現する絶対的な権力者をいかに養成するか。こうした壮大なテーマをもって韓非子は創り上げられたと訳者は述べる。現代的なコンテクストで言えば、リーダーシップについて述べられた古典書と言えそうだ。

 韓非は荀子に師事したと言われる。ために、荀子の性悪説の影響をたぶんに受けている。しかし、両者の間では、同じ性悪説でも内容が異なるという。

 荀子は、人間本来の性質は悪であるからこそ教育して矯正していくべきだという。すなわち人間性は努力しだいでは、善に変えることができるのであり、またそうすべきだというのだ。
 この点になると、韓非はまったく見解を異にする。人間を善に導くことなどは、韓非の念頭にない。大切なのは、人間が現実に欲望によって動くことを知り、それに対策を講ずることだ。その対策が法術である。韓非の目的は、君主による人民の統治であって、人民の教化ではなかった。(73頁)

 荀子は、悪としての存在であるからこそ教育・開発していくという道を説いたのに対して、韓非は悪としての存在をもとにして統治という発想を説いた。リーダーにとっての部下や臣民の悪性を是正するのではなく、悪性を前提にして法に因る統治を一貫して説いたのである。

 中でも、君主が臣下をコントロールするために七つのポイントを指摘した七術について以下から取りあげたい。

 一、臣下のことばを事実と照合すること<参観>
 臣下のことばを聞いても、それを事実と照らし合わすことをしなければ、真実はつかめぬ。またひとりのことばだけを信用していると、君主の耳や目はふさがれてしまう。(361頁)

 徒に部下の言葉を鵜呑みにすることはいけない。むろん、信頼し信用することは大事であろうが、彼らの言葉を事実と照合することを怠ると、その報いは自分自身に対して起こることを覚悟する必要があるのだろう。

 二、法を犯した者は必ず罰して、威光を示すこと<必罰>
 愛情が多すぎると、法は成り立たず、威光をはたらかせないと、下の者が上の者を侵す。刑罰をきびしくしなければ、禁令は行きわたらない。(369~370頁)

 法による治世を貫徹するためには、ときに愛や情による想いとは異なる決断を下す必要がある。守るべきものを守る姿勢を示すことによって、組織に範を示すことが可能となる。

 三、功労者には必ず賞をあたえ、全能力を発揮させること<賞誉>
 賞が薄く、かつあてにならないならば、臣下は働こうとしない。賞が厚く、かつ確実に行なわれるならば、臣下は死をもいとわない。(372頁)

 ここにおける賞とは、現代の文脈で考えれば、なにも外的な報酬、つまりは給与や社会的ポジションといったものに限定する必要はないし、そうするべきではない。内的な報酬、たとえば次のチャレンジングな職務を与えることで、部下の欲求に訴えたり、部下への信頼を示すことで意欲を高めることは可能である。

 四、一人ひとりのことばに注意し、発言に責任を持たせること<一聴>
 一人ひとりのことばを個別に聞きわければ、臣下の有能無能の区別ができる。臣下の言に責任を持たせなければ、確実な比較はできない。(376頁)

 部下の一人ひとりに発言をしてもらうためには、発言できる環境をリーダーが整えることがまず大事であろう。そうした環境を整備することによって、責任を持った自発的な発言が出てくるのではないか。

 五、詭計を使うこと<詭使>
 たびたび面接しながら、しばらく登用しないでおけば、奸臣たちはさっさと退散する。臣下に対しては、思わぬことをたずねてみると、相手はごまかすことができなくなる。(378~379頁)

 意外なことを唐突に問われると、私たちは自分たちの発言を虚飾することが難しくなる。だからこそ、そうした質問を用いることによって、相手の本音を引き出すことができる。

 六、知らないふりをして相手を試すこと<挟智>
 知っていることでも知らないふりをしてたずねてみると、知らなかったことまでわかってくるものだ。ひとつのことを熟知すると、他のかくされていることが次つぎとわかってくる。(381頁)

 自分が知っていると思っていることは、あくまで自分自身の狭い視野の中のものでしかないことに自覚的であること。そうした意識で他者に尋ねることによって、思いもよらない意見が引き出させる。

 七、嘘やトリックを使って相手を試すこと<倒言>
 嘘やトリックを使って、相手の疑わしい点をためすと、かげの悪事がわかる。(382頁)

 ここまでしなければいけないとは思いたくないが、部下や組織のマネジメントという点でも、必要な観点の一つなのかもしれない。


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