学生時代の経験と社会人になってからの経験との間にはどのような関係があるのか。本書は、こうしたリサーチ・クエスチョンに基づいて行なわれた調査に関する考察をまとめた学術書である。変数があまりに多い事象の間の関係性を導出しようとしているため、クリアな結論が出ているわけではない。しかし、学生や企業に対して、必要なアクションを提示するためのたしかな一歩を踏み出す、意欲作とは言えるだろう。
その中でも、立教大学の舘野泰一助教による第6章「入社・初期キャリア形成期の探究:「大学時代の人間関係」と「企業への組織適応」を中心に」が印象的であった。以下からはその論文について考えさせられた点について触れてみたい。
本章で得られた知見から考えるに、大学時代に「異質な他者」とつながる行為は、一種のプロアクティブ行動とよぶことができると考えられる。現在の日本の大学は、同質性が比較的高いコミュニティだと考えられる。そのなかで、自分の成長に影響を与えてくれる「異質な他者」と出会うためには、受け身的に大学生活を過ごすのではなく、積極的に人間関係を構築する行動をする必要があると考えられる。大学時代に、異質な他者とつながる行動が取れるものは、入社後もプロアクティブ行動をおこなうことで、不確実性を減少させることができ、スムーズな組織社会化を達成すると推測できるのではないだろうか。(131~132頁)
同質性の高い日本の大学という環境下において、異質な他者とコミュニケーションをとろうとする行動は、多様性の高い企業において求められるそうした行動の予期的行動となる。対話の重要性が昨今では言われることが多いが、柄谷行人氏が『探究Ⅰ』(柄谷行人、講談社、1992年)や『探究Ⅱ』(柄谷行人、講談社、1989年)で述べるように、対話とは既知の存在と忌憚なく話し合うということではなく、異質な存在との話し合いである。そうした訓練を学生のうちに行なえるかどうか、は石山恒貴氏の『組織内専門人材のキャリアと学習ー組織を越境する新しい人材像ー』(石山恒貴、日本生産性本部、2013年)にもあるような越境学習による成長とも関連する。
本章の成果は、企業の採用担当者にとって意義のある知見であると考えられる。なぜなら、「人間関係の構築」や「コミュニケーション」に関わることは、採用時に重視される項目だからである。(中略)採用において「コミュニケーション能力」を重視することは方向性としては間違っていないと考えられる。(133~134頁)
採用担当者が読んだら喜ぶ箇所であろう。人事の採用担当者が新卒採用で重視する項目が、入社後の活躍度合いと相関していると著者はしているのである。ただし、大きな方向性として間違いがないという示唆の後で、的確かつ実践的な示唆を以下で述べている。
ただし、そこで指すコミュニケーション能力の中身について考える必要がある。組織適応という視点から考え、本章の知見をもとに検討すると「文脈を共有しない異質な他者とコミュニケーションができること」が重要であると考えられる。自分とは所属や立場が異なる人と、積極的に人間関係を構築できることは、入社してからもプロアクティブ行動をおこなうことで、組織適応における不確実性を減少できる可能性がある。(134頁)
単に仲の良い仲間や閉じた環境の中におけるコミュニケーションが長けているかどうかを見極めれば良いのではない。異質な他者とのコミュニケーションを仕掛けられているかどうか、が入社後のプロアクティブ行動の出現率と関係するのである。したがって採用担当者は、そうしたプロアクティブなコミュニケーション行動の質について、インタビューをすることが有用であろう。
労働政策研究・研修機構「特集 人材育成とキャリア開発」『日本労働研究雑誌』Oct. 2013 No. 639
『経営学習論』(中原淳、東京大学出版会、2012年)
『「働く居場所」の作り方』(花田光世、日本経済新聞出版社、2013年)
Mark L. Savickas, “Career Counseling”
R. Babineaux and J. Krumboltz, “fail fast, fail often”
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