キャリアの理論を研究してきた者として、久しぶりに日本語のキャリアに関する書籍を読むというのは、新鮮な気持ちになり、自分の港に戻るような感覚になる。
どんな仕事でも、制限がある中で楽しみを見出し、自分なりの個性を出すことができるのではないか。
そしてその工夫と努力が、「つらいだけの仕事」から「面白くてやりがいのある仕事」に変化する糸口になるのではないか。そんなふうに考えることもできるのです。(31頁)
仕事に好き嫌いがあるのはしかたがない。合わない上司もいるだろうし、付き合いたくない顧客もいるだろう。横やりが入らなければもっと自分の個性を出せるのにと愚痴を言いたくなるときもある。しかし、制限がなければ、一緒に働くメンバーを自由に決められれば、仕事が楽しくなるのであろうか。そうではなく、むしろ制約がある中で、工夫をこらし、努力を積み重ねることで、結果的に自分らしさを創り上げることができるのではないか、と著者はする。私には、こうした考え方に、キャリアをすすめていくしたたかな姿勢があるように思える。
大事なことは、自分の「軸」が持てるかどうかだと思います。働き方は人それぞれですが、そこにはっきりとした「軸」があって、納得できているのであれば、それはその人にとって正しい働き方だといえるでしょう。(46頁)
正しいキャリアというものは存在しない。人によって異なるし、人のキャリアステージやライフステージによって選択肢は異なるし、そうした選択肢が必ずしも一つに絞り込めるわけではない。したがって、仕事で自己実現を目指すものも、仕事をプライベートとを切り分けて仕事は仕事と割り切るというのも、それぞれ一つの軸であると著者は受容する。実際、以下のような言動をとるインタビュイーも、キャリアに関するしっかりとした軸を持っているとしている。
彼女に「あなたにとっての仕事を、一言で表すと?」という質問をすると、「電球のようなもの」という答えが返ってきました。
仕事を電球にたとえた理由は、「スイッチを入れるまでは、仕事は自分の人生にとってないも同然だから」だそうです。(38~39頁)
非常にうまい喩えであると感服する。上述したように、こうした発言もキャリア観の一つの発露であると著者はしている。私も、著者のこのスタンスに賛成である。というのも、こうした発言を目にすることで、私はこうした仕事の捉え方をしないな、ということに気づかさせられるからである。他者の、キャリアに関する軸を見ることで、自分の軸に気づく。このように考えれば、キャリアというものは自分一人で考え続けるものではなく、他者と話しながら自分のキャリア意識を明らかにするということも大事なのだろう。
ポジティブ心理学について、私は自分が尊敬する松岡正剛さんと対談していたときに、とても印象に残る反応をもらったことがあります。それは私が「経営学でもポジティブ心理学に注目されていますよ」と話したところ、正確な引用ではありませんが、「人の信念や暗いところまで見据えて考えずに、ポジティブな側面にばかり注目していると、能天気で底が浅い論考になりかねませんよ」という趣旨のご意見をいわれたのです。これは対談の記録には入っていませんが、確かに一理あると思います。(55頁)
どのような事象でもポジティブに考えることで、ポジティブなエネルギーを生み出すようにする。こうした考え方が物事を前に進める上でプラスに作用することもたしかにあるだろう。しかし、松岡正剛さんの言葉として引用されているように、一見してネガティヴに捉えられる事象を深掘りすることで自分自身の価値観への気づきを得られることもあろう。さらに、著者は以下のように続ける。
「やる気の自己調整」の研究からわかったことは、危機感もそれに押しつぶされなければ、がんばりを生み出すということです。ネガティブの中にポジティブなものを見出すこともできるし、最初はポジティブだったものが、いつしかネガティブなものに転化していくこともあります。(55~56頁)
ネガティブな意識をもとにしてエネルギーを創り出すという反作用が生じることもある。さらにいえば、ネガティブとポジティブとはあくまで相対的なものである。したがって、両者を対立的に捉えるのではなく、自分自身の中にある多様な感情をそのままのかたちで受け容れるということの方がより現実的であり、ゆたかな選択と言えるのではないだろうか。
最後に、自分自身のキャリアを考えることは重要であるが、それだけではなく、他者のキャリアについて考えることもまた、私たちにとって重要である。とりわけ、後輩や部下といったメンバーのキャリアについてケアすることは組織にとって、相手にとって大事なことであろう。
入社してすぐに「やりたい仕事をやらせてもらえない」「イメージしていた仕事内容と違った」と不満をため込む前に、この加入儀礼にあたるものを自分はクリアできているか、考えてみてください。(121頁)
若手社員であればあるほど、入社や配属直後に不満をため込むことが多いだろう。そうした若手社員が周囲にいる場合は、フェルドマンを引きながら著者が述べているように(120頁)、その相手が、集団への加入(グループ・イニシエーション)と仕事上の加入(タスク・イニシエーション)のどちらか、もしくは両者をクリアできているかどうかをチェックしてみたいものである。
Mark L. Savickas, “Career Counseling”
R. Babineaux and J. Krumboltz, “fail fast, fail often”
『組織内専門人材のキャリアと学習ー組織を越境する新しい人材像ー』(石山恒貴、日本生産性本部、2013年)
キャリア・ドメイン(平野光俊著、千倉書房、1999年)
Luck is no accident 2nd edition(John D. Krumboltz, Impact Publishers, 2010)
R. Babineaux and J. Krumboltz, “fail fast, fail often”
『組織内専門人材のキャリアと学習ー組織を越境する新しい人材像ー』(石山恒貴、日本生産性本部、2013年)
キャリア・ドメイン(平野光俊著、千倉書房、1999年)
Luck is no accident 2nd edition(John D. Krumboltz, Impact Publishers, 2010)
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