2017年8月12日土曜日

【第736回】『日本仏教入門』(末木文美士、KADOKAWA、2014年)

 本書で興味深かったのは、仏教が日本に伝わった後にどのように位置付けられたのか、に関する考察である。元々の伝来がどのようなもので、どのように定着することになったのか。既存の宗教との受け容れられ方の相違はどうだったのか。

 仏教が伝来する以前に日本に何らかの宗教的な活動があったことは確実であるが、それがどのようなものであったかを確実に知ることのできる資料はない。仏教以前の宗教は体系的に表現されることはなかった。もっとも古い文献である『古事記』や『日本書紀』は既に仏教や中国思想の影響下にある。日本の神祇崇拝は、仏教の影響下に、仏教を意識しながら自覚され、体系化されたのである。(133頁)

 歴史教科書の影響からか、私たちは土着の宗教として神道があったと考えてしまうが、著者に言わせればそうした捉え方は必ずしも正しくないようだ。神道という形式で現代において捉えられる宗教形態はまだできておらず、そうした状態の中で仏教といういわば進んだ文化が伝えられたと考えられるのである。

 仏教以前から何らかの土着の日本宗教の伝統があり、それが仏教と結びついて神仏習合を生じたというのは、必ずしも適切でない。むしろ、やや極端な言い方をすれば、仏教と関係を持つことではじめて日本の神が自覚的に捉えられるようになったのである。この点が、インドや中国と大きく異なる点であり、仏教が伝来してから、次第に日本の神祇崇拝が自覚的に行われるようになり、また体系化されるようになった。(133~134頁)

 仏教という存在が輸入されたことで、翻って神道という存在が宗教として確立されることになった。そもそも宗教という概念自体が曖昧であるのだから、相互依存的に成り立たしめるという関係性にならざるをえないのかもしれない。日本においては、それが神道と仏教という二つによって成立したことが、日本における宗教の始まりなのであろう。

 日本の仏教と神道は対立することもあるが、今日に至るまで両者は並存している。中国の道教と仏教も同じように並存しているが、日本の場合、中国と違うのは、神道と仏教が役割を分担しているところである。すなわち、誕生したばかりの子供を連れて神社に参ったり、子供の健全な発育を願う七五三の行事、さらには結婚式など、生に関する行事は神道が担当し、葬儀や死後の法要のように、死に関する行事は仏教が担当している。このように、相互の分業による補完関係が認められる。これを私は「神仏補完」と呼んでいる。日本の宗教を解明するためには、この神仏補完関係をよく知ることが重要である。(139頁)


 異文化としての仏教が日本に伝来し、それによって神道が確立されることになり、二つの宗教が並立することになった経緯から、両者が私たちの日常の生活に浸透することになった。来日した外国の方々、つまりは特定の確立した宗教を礎に行動する方々からすると異常に見える私たちの正常は、こうして出来上がったのである。


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