2017年9月23日土曜日

【第754回】『ローマ人の物語1 ローマは一日にして成らず(上)』(塩野七生、新潮社、2002年)

 以前、世界史と呼ばれる領域には興味を持てなかったのであるが、学部生の頃に本書に出会って意識が変わったことを覚えている。どのようなきっかけで読んだのかは失念したが、本シリーズのハードカバーを読み漁った。人物描写が巧みで、登場人物を思い描きながら読み進めた。

 著者の独特な文体に改めて触れたくて、新規開拓ではなく本シリーズを読み直そうと思った。文庫版はテンポよくサクサクと読めて、形式が変わるだけで読み心地も変わるものである。

「敗者でさえも自分たちに同化させるこのやり方くらい、ローマの強大化に寄与したことはない」(58頁)

 ブルタルコス『列伝』を引用している箇所であり、この考え方は本シリーズで何度か出てきたように記憶している。異文化や異民族への寛容な有り様が、ローマをして強大国に為さしめたというのは、ダイバーシティの重要性を改めて感じさせられる。

 阿呆呼ばわりされても王の甥ならば、権力の近くにあって、すべてを冷静に観察する機会には恵まれていたにちがいない。情報も豊富であったろう。その彼だからこそ、もはやローマは、効率的ではあっても王になる個人の意向に左右されないではすまない制度は、捨ててもよいまでに成長したと判断できたのではないか。改革の主導者とはしばしば、新興の勢力よりも旧勢力の中から生れるものである。(113頁)


 本作のハードカバーが書かれたのは1992年。その約十年後の小泉改革を予期していたかのような示唆に驚かされる。さらには、旧勢力がなぜ改革を起こすことができるのかという分析も鋭い。情報やそれをもたらず人脈が豊富であるからこそ、権力主体に近い存在から改革は起こる。不満分子である純然たる外野からの改革が起こらない、もしくはあまり成功しない理由がここにあるのだろう。


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